季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1993年春季号
発行年月 平成5年04月 判型 B5 頁数 32
目次分類テーマ著者
巻頭言居住水準の向上につながる政策を三井康壽
研究論文マンション価格・賃貸料の動向と効率性のテスト伊藤隆敏
研究論文流動性制約下における家計の住宅購入と借入需要森泉陽子
研究論文持ち家・借家選択と税制II岩田一政
時事展望地価の下落吉野直行
海外論文紹介公債の中立命題と土地税制澤田康幸
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ノート
 本号の3論文は、いずれもわが国の住宅・土地市場の実証分析であり、読みごたえのある論文である。伊藤論文は、東京のマンション市場の価格と賃貸料の過去10年あまりのデータを用いて、住宅投資の利回りを計算し、住宅市場が「効率的」であったかどうかを検定している。森泉論文は、「首都圏マンション入居者動向調査」のデータを用いて、住宅ローンの借入可能性が住宅購入者の行動にどういう影響を及ぼしているかを計量的に分析している。第3の岩田論文は、前々号に掲載された論文の続編であり、そこでの資本コストの計測を用いて、持ち家と借家の間の選択に関するロジットモデルを推定し、税制改革が持ち家需要に与える影響を分析している。
 
 伊藤論文は、東京のマンション市場における住宅投資の収益率を、1981年から1992年にわたって計算している。
 住宅の価格や賃貸料のデータから住宅投資の収益率を計算する際には、住宅の特性が一戸一戸異なっていることが問題になる。まったく同じ特性をもった住宅の価格データがあればよいのだが、実際には、今年売り出されている住宅の特性は去年売り出された住宅と異なっており、そのようなデータは存在しない。例えば、去年から今年にかけて住宅価格が下がったといっても、売り出された住宅の平均床面積が小さくなっていれば、住宅価格は実質的には下がっていないかもしれない。
 このような特性(品質)の差を調整する手法として広く用いられているのがヘドニツク推定法である。ヘドニック手法は、価格はそれぞれの商品(住宅)の特性に対応して決定されていると考え、価格を特性を表す変数(床面積、都心までの時間距離など)に回帰する。この回帰式を用いて、もし特性が同じであったら、価格がどう変化していたであろうかを推定する。
 政府機関や民間研究機関が地価や住宅価格の上昇率を発表するが、このような品質調整をしているケースはまったくないといってよい。価格の上昇のある程度の部分は、通勤電車のスピードアップなどによる品質の向上によるものであり、それを除いたネットの上昇率がどの程度であるのかを計算せずに、土地政策や住宅政策を論じているのは滑稽でさえある。
 伊藤論文の推定結果によれば、賃貸料は1980年代を通じてゆっくりと上昇し、住宅価格の変動に比較してはるかに変動が少なかった。しかし、中央線沿線の賃貸料指数についてさえ、1984?85年、1987?88年、1989?90年には10%を超える上昇率になっている。山手線沿線の指数については、これよりも変動が大きく、1981?82年、1983?84年、1987?88年には15%を超える上昇を示している。
 住宅価格は上昇と下降の変動を繰り返しており、賃貸料よりも変動が激しい。山手線沿線では1985?86年に16%、翌年に89%の価格上昇が見られた。中央線沿線では、1986?87年に45%、翌年に47%と、山手線に約1年遅れて価格上昇が起きている。
 以上のヘドニック推定を用いて「標準物件」の価格と年間賃貸料の比率(単純PER)を計算している。この標準物件は、三鷹駅から徒歩5分、床面積60m2、鉄筋コンクリート造り、1980年建築のマンションの中の、南向きで1階ではない住居で、駐車場のないものである。
 単純PERは、1980年代に25程度であったものが、1985年の価格急騰直前には17まで低下している1985年から87年にかけて住宅価格が急騰し、単純PERは31に上昇した。その後、1992年になって価格が大きく下落し、PERは27まで下落し、1980年代の水準に近くなっている。
 単純PERはキャピタル・ゲイン(値上がり益)を含んでいないので、住宅投資の収益率を表しているものではない。次に、キャピタル・ゲインを含んだ収益率を計算し、それから金融資産(譲渡性預金、CD)の収益率を引いて、住宅投資の超過収益率を計算している。超過収益率は、住宅投資が金融資産への投資に比較してどの程度有利であるかを表していると解釈できる。
 1986?87年には、住宅価格が急騰したので、超過収益率は60%を超えているが、80年代前半と1991?92年にはマイナスになっており、平均では6.37%である。したがって、この時期をならしてみれば住宅投資の収益率はそう高くない。住宅購入に際しては、不動産業者の手数料が6%と、登録免許税、不動産取得税などの取引税が住宅価格の約2%に達することを考えると、住宅投資の平均収益率は決して高くないといえる。
 もちろん、住宅価格変動の谷の時期に購入して、山の時期に売却すれば、非常に高い収益率を得ることができる。しかし、逆に山の時期に塀入して谷の時期に売却すると、大きなキャピタル・ロスを被ることになる。
 
 ところで、住宅はわれわれの購入する耐久消費財のうちで最も高価なものであり、通常は年収の数倍の価格になる。したがって、ほとんどの人は手持ち資金だけで住宅を購入することはなく、銀行などの住宅ローンを利用することになる。70年代以降の金融自由化にともない、住宅ローンの利用可能性が拡大してきた。しかし、すべての人に望むだけの資金を貸してくれるわけではなく、年々の返済額が年収の一定割合を超えると、借入は非常に困難になる。
 貸し手側がこの種の借入制約を設けることは、返済不能のリスクを考えると当然のことである。なぜ貸し手が借入制約を設けるのかの分析は、すでに数多くの経済理論家によって行われており、情報の経済学の重要な分野になっている。
 
 森泉論文では、このような貸し手側の問題ではなく、借入制約が資金の借り手の行動にどう影響するかを扱っている。手持ち資金や年収が購入したい住宅の価格に比較して大きい場合には、借入制約には引っかからないので、借入制約によって住宅需要が変化することはない。しかし、手持ち資金や年収が少ない場合には、借入制約に直面し、住宅購入をあきらめたり、自分の望むのより狭い住宅を購入することになったりする。
 通常の住宅需要の推定では借入制約による歪みを考慮に入れないので、需要関数の推定値にバイアスが発生する。森泉論文は、借入制約のもとでの住宅需要行動を定式化し、この種のバイアスを排除することを試みている。
 この論文では、借入制約の定式化について2つの方法を用いている。第1は、借入可能額が所得の3倍であると最初から仮定して推定を行っている。第2は、住宅の一次取得者だけが借入制約に直面しており、買い替え世帯は借入制約に直面していないと仮定して推定している。著者も指摘しているように、これらの双方とも、借入制約の基準を外的に与えるものであり、アドホックであることを免れない。ただし、借入制約式を内生的に推定することは計量経済学的に容易ではなく、現在のところはこの論文のような定式化にならざるを得ないようである。
 
 岩田論文は、前々号で計測した所得階層別の住宅投資の資本コストを用いて、持ち家選択関数と持ち家需要関数を推定している。持ち家建設と貸家建設の資本コストの相違が持ち家選択に有意な影響を与えているという推定結果が得られている。
 次に、推定式を用いて、税制の変化が持ち家比率に与える効果のシミュレーション分析を行っている。税制の変化としては、?利子所得の分離課税(20%)、?利子所得の総合課税、?アメリカ型の住宅税制(固定資産税と住宅ローンの利子費用の所得控除)、?持ち家建設と貸家建設の税制上の扱いを同じにし、賃貸料と帰属家賃に10%の分離課税をする、という4つのケースを扱っている。シミュレーション結果によれば、これらのいずれの税制改革も持ち家比率を2?3%程度上昇させる。
 税制が住宅投資や持ち家比率にどのような影響を与えているのかを実証的に分析することは、住宅政策や土地政策を考えていく際に不可欠である。岩田論文は、この分野の研究のスターティング・ポイントを築いた重要な貢献である。
 今後の課題としては、譲渡所得税や相続税を導入することと、住宅の家屋部分だけではなく土地部分の資本コストを考えることがあげられる。また、持ち家選択関数と住宅需要関数の推定に際して、所得階層別集計データを用いているが、個票データ(各家計の個別のデータ)を用いるとより信頼性の高い推定が可能になる。(Y.K.)
価格(税込) 500円 在庫

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