季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1996年秋季号
発行年月 平成8年10月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言住宅政策の基本課題小川忠男
特別論文借地市場の構造と借地法の将来瀬川信久
研究論文商業地と「バブル」中神康博
研究論文民間住宅ローン需要におよぼす公的住宅金融の効果森泉陽子
研究論文日本における新築住宅市場の実証分析上野賢一
海外論文紹介収穫逓増と経済地理齊藤裕志
内容確認
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ノート
 本号の三論文はすべてわが国の土地市場と住宅市場に関する読み応えのある実証論文である。
 最初の中神康博論文(「商業地と『バブル』」)は、1980年代から90年代前半にかけての東京圏商業地における地価の動きを実証的に分析し、ファンダメンタルズとバブルを分離することを試みている。
 中神論文の中心は、エラー=コレクション・モデルの推定である。この勤学的計量モデルでは、地価変動がファンダメンタルズの変化に加えて、以下の二つの要因によって決定されていると考える。第一に、前期に地価が上昇していれば今期も上昇する傾向があるという地価変動の慣性が存在する。これを中神氏は「バブル」的要因としている。第二に、現在の地価の水準がファンダメンタルズから乖離すると地価をファンダメンタルズの方向に引き戻すカが働くと想定している。これはエラー=コレクション項と呼ばれている。
 つまり、t期の地価ヒファンダメンタルズをそれぞれPtとXtとすると、地価の変化ΔPtは、ファンダメンタルズの変化ΔXt、前期の地価の変化ΔPt-1、および地価水準とファンダメンタルズの乖離ΔPt-1?Xt-1の関数として、ΔPt=a1ΔXt+a2 t-1ΔPt-1+a3(Pt-1?Xt-1)+uの形として表されるとしている。(記号は論文のものより簡略化してある。)
 地価のダイナミックスを決めるうえで重要なのは、上式の第2項と第3項の係数であるが、パネルデータによる推定結果ではa2=0.67とa3=-0.75である。したがって、短期的には地価は循環的変動を示すが、長期的にはファンダメンタルズの水準に収束していく。
 この推定結果を用いて、都心部の地価の動きが以下のように説明される。1980年代当初は地価水準がファンダメンタルズより低くなっており、80年代後半に入ってファンダメンタルズと「バブル」的要因の双方がほぼ同時に上昇しはじめる。その後、まもなく地価水準がファンダメンタルズより高くなり、エラー=コレクション項が地価を下げる要因として効きはじめる。1980年代後半から90年代はじめにかけては、ファンダメンタルズが改善したにもかかわらず、エラー=コレクション項が負の値をとり続けていたために、地価が大幅な下落を続けることになった。
 エラー=コレクション・モデルは、価格変動要因について明快な解釈を可能にするという長所をもっているが、その弱点はモデルの構造が安定的である保証がないことである。特に、市場の売り手や買い手がこの構造を知ると売買の行動が変わってしまって、モデルが当てはまらなくなる。これは合理的期待論者がマクロ計量モデルに対して行なった批判であるが、この批判がエラー=コレクション・モデルにもそのまま当てはまる。
 
 第二の森泉陽子論文(「民間住宅ローン需要におよぼす公的住宅金融の効果」)は、東京圏マンション入居者動向調査の個表データを用いて住宅ローンの需要関数の推定を行なっている。
 日本では住宅金融公庫に代表される公的住宅金融機関が民間住宅ローンよりも借り手にとって有利な条件で住宅ローンを提供している。したがって、公的住宅金融を限度額まで借りて、それでも足りない部分を民間金融機関から借りるという行動が一般的である。森泉論文はこのような行動を前提に民間住宅ローンの需要関数を推定している。
 この種の推定において気をつけなければならないのは、公的金融と自己資金だけで購入資金をすべてまかなえてしまえて、民間住宅ローンをまったく利用しないケースが存在することである。需要量が0になることがありうる場合に通常の最小二乗法を用いると推定値にバイアスが出てしまうことが知られている。森泉論文はこの問題を避けるために、ノーベル賞を受賞したマクロ経済学者James Tobinが開発したトービット法を用いて推定を行なっている。
 推定された民間住宅ローンの需要関数から各種の需要の弾力性が計算できる。まず、公的住宅金融の利子率については、その弾力性が1.398であるという結果になっている。この効果は、民間住宅ローンを借りる家計の数の増加と、すでに民間住宅ローンを借りている家計の借り入れ額の増加の二つの部分から構成されている。後者だけを取り出すと、弾力性は0.412に過ぎないので、借り入れ家計数の増加による効果が非常に大きいことがわかる。
 第二に、民間住宅ローンの利子率の弾力性は?1.441であるが、借り入れ家計数の変化の効果を除くと?0.385にとどまっている。したがって、民間住宅ローンの利子率の効果についても、借り入れ家計数の変化の影響が大きいことがわかる。
 借り入れ家計数の変化の効果が大きいことは注目すべき結果であるが、その妥当性には疑問が残る。公的住宅ローンの利子率が上昇した場合でも、その借入限度額には変化がないのが通常であり、民間金融機関からの借り入れ額を増やす必要はないはずだからである。もちろん利子率の上昇は年々の返済額の増加をもたらし、これが公的住宅ローンの借り入れ限度額を減少させる可能性はあるが、借り入れ限度額いっぱいに借りている家計が多いことを考えると、そのような例は少ないのではないかと思われる。
 かなり古い年代(1988?89年)のデータを用いた分析であるので、今後の課題としては、公的金融のシェアがさらに上昇している最近のデータを用いるとどうなるかを検討することがあげられる。また、ここでの実証分析では用いたサンプルが922と少ないので、もっと大きなデータ・セットを用いるとどうなるかも興味深いところである。個表を用いた実証分析においてはデータの入手可能性が大きな制約になっている。住宅市場の実証分析の進歩のためには、この面での改善が重要な課題である。
 推定モデルについては、公的金融機関からの借り入れ額のデー夕自体は変数として用いておらず、この点では利用可能な情報をすべて用いているとはいえない。このデータを用いた推定法を考えることも必要であろう。
 
 第三の上野賢一論文(「日本における新築住宅市場の実証分析」)は、10都道府県のパネルデータを用いて、新築賃貸住宅市場と新築分譲住宅市場の実証分析を行なっている。
 住宅市場の実証分析においては、賃貸住宅、分譲住宅、持家住宅をすべて集計した住宅市場全体での分析が多い。しかし、1980年代終わりに賃貸住宅の建設戸数が顕著に増加したのに対して、分譲住宅の建設は低迷したことからわかるように、これらの市場は非常に異なった動きを示している。上野論文では、賃貸住宅と分譲住宅を区別して、住宅市場の構造方程式の推定を行なっている。
 アメリカにおける住宅市場の分析では、ストック・フロー・アプローチと呼ばれるものが使われることが多い。これは、家賃および住宅の資産価格は存在する住宅ストック全体に対する需要と供給によって決まる(つまり、住宅価格は住宅のストック市場で決定される)とされる。ここで、新築戸数は住宅ストック全体に比較すると少ないので、供給は短期的には固定しているとされる。住宅投資は、ストック市場で決まる住宅の資産価格と住宅建設コストの間の相対的関係によって決定される。
 アメリカでは中古住宅市場が整備されているので、持家市場においても住宅ストック全体に関する需給が住宅価格を決定するという考え方は説得力をもつ。しかし、日本では中古住宅の流通量は少なく、新築住宅市場と中古住宅市場の間の代替性は大きくないと考えられる。したがって、上野論文では、賃貸住宅市場についてだけストック・フロー・アプローチを採用して、分譲住宅市場に関しては新築住宅市場を中古住宅市場から分離して定式化している。
 賃貸住宅市場の推定結果によれば、金融緩和期における資本コストの低下は住宅の資産価格を上昇させ、賃貸住宅建設の大幅な増加をもたらす。1970年代はじめと80年代終わりの賃貸住宅建設ブームがこの現象の例である。
 新築分譲住宅市場では、資本コストの低下による需要曲線のシフト・アップと同時に、農地価格の上昇などが新築住宅の供給曲線のシフト・アップをもたらす。したがって、住宅価格が大きく上昇しても住宅建設の増加は小さかった。賃貸住宅の供給者は節税目的のために土地を所有している人々がほとんどであり、地価の上昇は供給コストの増加をもたらさない。このために、分譲住宅市場のような供給曲線のシフト・アップが起きなかったと考えられる。(K)
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