季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2000年冬季号
発行年月 平成12年01月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言日本人の民度岩瀬義郎
座談会21世紀の住宅市場と住宅政策金本良嗣・竹内功・八田達夫・吉野直行
研究論文借地借家法の中立性命題の再検討久我清
研究論文借家法と逆選択瀬下博之
海外論文紹介貿易政策と中心都市服部哲也
内容確認
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トリアル
ノート
 本稿執筆時において、定期借家法案は国会で審議中である。定期借家権の導入が提唱されたのは、借家法による借家人保護規定が借家市場に大きな歪みをもたらしており、その結果として、多くの問題が発生しているという認識によっている。たとえば、以下のような問題が指摘されている。
 ?ファミリー向けの広めの借家がほとんど存在しない。
 ?転勤等のケースで持ち家を貸さずに空き家にしているケースが多い。
 ?オフィスビルの開発の場合に欧米では10年を超えるといった長期契約を結び、契約期間内の賃料支払いをテナント側が確約することが多い。これがデベロッパーにとってのリスク軽減に役立っているが、こういったことが、日本では借家法の規制によって不可能である。
 こういった議論はすでに多くの人々によって行われ、定期借家権の導入が必要であるという認識は少なくとも経済学者の間では一般的であろう。しかし、借家法の借家人保護規定が、住宅市場にどういう影響を及ぼすのかに関する経済学的分析は必ずしも十分とは言えない。本号の2論文は、借家保護規定の効果のいくつかの側面に焦点を当てて、理論的分析を行っている。
 
 久我清論文(「借地借家法の中立性命題の再検討」)は、「借家人保護規定は借家市場に対して中立的である」という主張が新古典派の一般均衡モデルで成立するかどうかを吟味している。借家人保護規定が中立的なケースが存在することはよく知られており、多くの人々によって指摘されている。しかし、これまでの議論では、中立性が成り立つのは、極端な理想的ケースにすぎず、借家法の制度問題を論ずる際には現実妥当性を持たないとされていた。ところが、最近になって、小谷清氏が中立性の議論を改めてとりあげ、これを使って借家法の問題を論じている。
 久我論文は小谷氏の主張を一般均衡モデルのなかで分析している。得られた主要な結論は、市場が不完全なモデルでは当然のことながら中立任命題は成り立たないが、理想的な完全市場モデル(デブリュー型と呼ばれている)においても中立性命題が成り立たないことである。
 借家人保嘗規定の中立性が成立するケースには、さまざまなものがありうる。
 第1に、借家と持ち家が完全に代替的な(消費者にとってまったく同質で違いがない)場合には、借家におけるいかなる歪みも実質的に何の影響も及ぼさない。単に、借家の代わりに持ち家が使われるだけである。2年間の借家はその他の事情が同じならば、持ち家を購入して、2年後に売却すればすむ話である。したがって、借家人保護によって貸家の供給に支障が発生していても、持ち家を選択する人が増えるだけで、消費者には不都合が発生しない。
 実際には、このようなことはありえない。持ち家を購入、売却するためには多大な取引費用がかかるので、2年間だけの居住のために持ち家を購入することはほとんど考えられない。
 日本では、子育ての時期になると借家から持ち家に移るのが一般的である。そのような人にとっては、通常の場合、持ち家と借家の間にそれはどの相違がないか、あるいは、持ち家のほうが望ましい。しかし、数年後に転職を考えているような人にとっては、取引費用の高い持ち家より借家のはうが望ましい。
 こういった理由で、借家人保護規定の中立性に関する議論は、借家と持ち家の代替性が完全ではないことを想定して行われている。
 小谷氏の中立性の議論はおおむね以下のようなものである。借家権が保護されると、家賃は高くなるが、それは将来家主が借家人に支払わなければならなくなるかもしれない立退料や組続家賃を上げられないことを反映しているにすぎない。したがって、借家権保護をしても実効家賃は変わらないというものである。
 入居時の家賃が将来の立退料や継続家賃の予想を反映して決まり、立退料が高いと予想されたり、継続家賃を上げることができないと予想されると、新規家賃が高くなるということは正しい。そうでなければ、貸家経営が赤字になるからである。しかし、だからと言って、借家権保護が中立的であるわけではない。
 もちろん、将来の継続家賃が確定しており、いつの時点でどれだけの立退料を支払えば借家人に出てもらえるかが事前にわかっている場合には、中立性命題が成立する。これらの将来予想を読み込んで、新規家賃を設定できるからである。しかし、このようなことは現実的でない。将来のことについては大きな不確実性があるからである。
 不確実性が存在する場合には、借家人保育規定があるかどうかで差が出ることはほぼ自明であろう。借家人保護規定がなければ、一定期間後に一定の(通常はゼロの)立退料で確実に立ち退くという契約を設定することが可能である。これに対して、借家人保護規定があると、将来の立退時点を確約するような規定は無効である。たとえ、借家人が望んだとしてもそれは不可能である。こういった場合には、将来の立退料は不確実であり、それが確実なケースとは異なった資源配分が生まれる。
 ここで理論的に興味があるのは、この非中立性が、デブリュー型モデルでも成立するかということである。このタイプのモデルでは、将来起きるかもしれないすべての事象について、現時点で完全競争市場が開いている。このような完全競争市場が存在すると、いくつかの仮定の下で、市場均衡が効率的(パレート最適)であることが知られている。
 このモデルにおいて、借家権保護が導入されると、現在結ぶことができる契約が制限される。つまり、将来のある時点で確実に立ち退くという契約は無効になる。久我論文では、このことが市場均衡を変えてしまい、中立性が成立しないことを示している。
 最近では、一般均衡理論の研究を行う人は少なくなっており、大学院の授業でもあまり多くの時間を割かないケースが多い。しかし、久我論文が示しているように、一般均衡理論の的確な理解は、借家法の分析のような現実的な問題に関しても有益である。
 また、久我論文は一般均衡理論の応用問題を解いたものであり、経済学の研究を志す大学院生たちにとってよい練習問題となると思われる。
 
 久我論文は情報の非対称性が存在しない古典的なケースを考えていたが、瀬下博之論文(「借家法と逆選択」)は、借り手が契約を継続する確率や居住を継続する期間について情報が非対称なケースを考えている。つまり、借り手は自分のことなのでわかっているが、貸し手にとってはわからないというケースである。
 瀬下論文で得られた結論の第1は、借家人が居住を継続する確率について非対称情報が存在する場合には、借家権保護は借家の供給を過少にする効果をもつというものである。この結論が成り立つ理由は、以下のとおりである。
 ?貸し手は、個々の借り手の継続確率を知らないが、市場全体の平均値は過去の経験からわかっているので、平均値に基づいて意思決定を行う。
 ?継続確率が高い借り手ほど借家から得る純利得が大きく、継続確率が低い借り手は純利得が小さい。したがって、継続確率が低い借り手は市場から出ていく傾向がある。
 ?家主が家賃を上げたときに借家市場から出ていく(限界的な)借り手は、継続確率の低い借り手である。ところが、家主は平均的な継続確率しか見ていないので、継続確率を過大評価することになる。この結果、借家の供給量が過小になる。
 次に、継続確率を継続居住期間と解釈し直して、居住期間に関して契約を結ぶことができるケース(定期借家権ではこれが可能)とそうでないケース(現状のように借家権が保護されている場合)を比較している。
 ここでの主要な結論は、情報の非対称性が存在する場合でも、契約における居住期間の設定を通して自己選択メカニズムが働くというものである。つまり、借り手は契約を結ぶ際に居住期間に関する選択を行うことになるが、居住期間が長い借り手は長い契約期間を選択する。このことによって、借り手は自分の持っている情報を貸し手に伝えることになる。(K)
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