季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2000年春季号
発行年月 平成12年04月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言東京再生へのヒント安芸哲郎
特別論文「都市」というフロンティア竹中平蔵
研究論文ヘドニック・アプローチによる住環境評価矢澤則彦・金本良嗣
研究論文住宅の一次取得者の頭金貯蓄について森泉陽子
研究論文動機適合的な土地利用規制浅見泰司
海外論文紹介税額控除への転換来間玲二
内容確認
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トリアル
ノート
 本号の3論文は、土地住宅政策だけにかぎらず、公共事業の効率性やマクロ経済学の観点からも興味深い内容を含んでいる。
 
 矢澤則彦・金本良嗣論文(「ヘドニック・アプローチにおける住環境評価」)は、住環境を評価する際に用いられるヘドニック・アプローチの有効性とその問題点を、数多くの回帰分析を繰り返すことによって検討したものである。ヘドニック・アプローチとは、住宅価格や地価が環境の価値を反映することに基づいて、環境の価値を評価するための手法である。日本でも、最近ようやく、公共事業の評価において、費用便益分析が義務付けられはじめた。この意味で、環境価値の評価を金銭的に評価する重要性はきわめて高い。
 しかし、ヘドニック・アプローチによる環境価値の計測は、いくつかの理由から、これまで十分な成果をあげているとはいいがたい。その原因として、著者たちは、十分な数の空間データが存在しなかったために、局地性の問題や多重共線性の問題が発生すると指摘する。局地性とは、住環境に影響を及ぼす環境因子は、周辺のかなり狭い地域に限定されることをいう。また、一般に住環境のよい地域では、各環境因子の水準も高い。これが多重共線性の原因となる。しかし、これらの問題については、より詳細なデータを手に入れることによって、ある程度解決が図られることが、この論文から示される。
 実際、川崎市のデータを用いた推計では、これまで十分とらえられなかった緑地施設の便益を計測できている。これらは、従来よりも精密なデータが入手可能になったためと考えられる。この意味でも、空間情報のデータ整備が非常に重要であることを示唆している。
 しかし、より深刻な問題は、分析者や政策当局者が自らに都合のよい結論を導こうとすることから生じるマニピュレーションの可能性である。変数の選択、あるいは関数形の選択についての恣意性は、計量経済学の分野でもたびたび指摘されてきた問題である。この論文では、これらの変数選択や、関数形の選択において、どの程度推定値に歪みが発生するかを経験的なデータを用いて評価している。一次式で推定した場合よりも、二次形式を用いて推定した場合には、その推定値の変動幅はいっそう拡大することが示されている。
 さらに、関数形の選択よりもさらに深刻なのは、変数選択の問題であるとされる。変数選択によって生じる変動幅の拡大は、環境評価に対する信頼性を大きくゆるがしかねない。この点は、依然として多重共線性の問題が解決されていないことを示しているように思われる。環境のよい地域では環境が維持されるのに対し、環境の劣った地域では、よりいっそう環境の悪化が生じる可能性が高い。たとえば、環境の悪化が予想される道路建設では、環境がよいところに道路を通すことには強い抵抗が働くのに対して、比較的住環境の劣った地域では、道路なども通しやすいといった政治的な理由が考えられる。これらは、供給側の条件から環境因子間の相関を高める原因である。これも、変数選択による推定値の変動幅を大きくしている原因のひとつと考えられる。
 この意味で、住環境の需要サイドだけでなく、供給サイドの問題も重要である。このような相互依存性の問題は、いっそう変数相互間の相関を高める結果、ヘドニック・アプローチを用いる際に、統計上のより慎重な推定の必要性を提起している。
 
 森泉陽子論文(「住宅の一次取得者の頭金貯蓄について」)では、住宅価格の上昇と貯蓄率の関係に焦点をあてて、住宅価格の著しい上昇が、人々に住宅資産の取得を諦めさせるか否かについて分析している。「諦め効果」とは、住宅価格が上昇すると、人々が住宅取得を諦める結果、そのために必要な頭金の貯蓄も不要になることから、かえって消費を増やしてしまうことをいう。これは「逆資産効果」とも呼ばれており、バブルと呼ばれていた1980年代後半に観察されたといわれている。
 これまでにも、この種の研究は存在するが、それらには推定に偏りがあると指摘する。つまり、住宅取得のために必要な頭金を貯める計画は、貯蓄額や資産額と相互依存的な関係にあるために、それらの同時性を考慮しなければならないことである。持ち家購入者の動機は住宅価格や頭金の金額だけでなく、現在の資産額や将来の資産額に依存している。すなわち、貯蓄額に依存している。また、貯蓄額は住宅取得を予定しているかどうかに決定的に依存している。これらの同時性を十分に考慮したうえで、住宅価格の上昇が家計の資産蓄積に及ぼす負の影響を検出している。
 このような諦め効果が存在する背景には、そもそも持ち家と借家が完全代替的でないという前提がある。住宅価格が高くなり、それに必要な頭金が高くなっても、住宅の規模を小さくすることが可能であれば、このような諦め効果は発生しないはずである。しかし、規模の小さな住宅は、持ち家よりも借家のほうが有利であると考えられるために、持ち家から借家へのシフト、すなわち、持ち家取得に対する諦めが発生する。
 ここで指摘された点で興味深いのは、プロビットの推定である。蓄積された資産の係数が有意に正の符号を示しており、資産蓄積額が購入計画に正の影響を示している。つまり、資産蓄積額が大きくなるにつれて、家計は持ち家の購入計画を立てはじめることを示している。この結果は、家計も流動性制約下にある点を示唆しているのかもしれない。
 また、プロビットの推定結果によれば、家賃の上昇は持ち家購入計画に正の影響を及ぼしており、家賃が上昇すると、すなわち、借家のコストが高くなると、持ち家を購入しようとすることが示されている。いいかえると、定期借家権の導入によって家賃の低下が予想されると、持ち家需要を減少させる可能性が高い。
 しかし、貯蓄関数の推定結果を見るとわかるように、これは貯蓄に対しては必ずしも確定的な影響を及ぼさない。それは、家賃の上昇が貯蓄に対して負の影響を及ぼしているからである。このように、家賃の上昇が貯蓄に対して及ぼす効果が確定しないのは、所得効果が働くからであろう。
 
 浅見泰司論文(「動機適合的な土地利用規制」)は、動機適合的な土地利用規制がどのような条件を満たさなければならないかについて、理論的な観点から分析している。土地利用を自由な開発に任せると、外部性の存在のために、空地が過小になり、建物が密集化し、良好な市街地環境を実現することができない。しかし、土地利用規制を強化することは分配上の問題を引き起こす。特定の土地利用者から強制的に土地を供出させたり、開発を禁じたりすることは、その開発者に大きな負担をかける。したがって、分配の公平性を確保するためにも、動機適合的な規制を見出すことが望まれる。
 密集化を排除し、空閑地を確保するための規制として、開発者にインセンティブを与える必要がある。その典型は容積率ボーナス制度である。開発者が公共用地を供出したほうが有利であると判断した場合には、セットバックと引き換えに、より大きな容積を獲得できる。このような動機適合的な条件を満たすような規制によって、道路や空閑地を確保することが望ましい。同じような趣旨から考えられた制度として、TDR(譲渡可能開発権)制度がある。
 浅見論文では、斜線制限、とくに道路斜線制限に焦点をあてて、それが動機適合的かどうかを検討している。動機適合性の条件として、セットバックによって、建築物の高さが以前よりも低く制限されないという条件を提示している。現行の制度では、セットバックによって、制限がかえって強化されてしまい、高さを低くしなければならない領域が存在するという矛盾が指摘されている。さらに、この問題点を回避するための具体的な方法が提案されている。
 しかし、建物の高さを許容することが開発者のインセンティブを高める手段であろうか。より重要なのは、全体の容積ではないだろうか。また、セットバックによって失われる容積も考慮されていないのは不思議である。この意味で、セットバックによって失われる容積よりも、大きな容積が斜線制限によってもたらされるかどうかが、開発者にとっての動機適合条件であると思われる。このように条件を変えて、定式化したときにより豊かな政策的な含意が得られるように思われる。(Y)
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