季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2001年秋季号
発行年月 平成13年10月 判型 B5 頁数 48
目次分類テーマ著者
巻頭言高齢化時時代の住宅政策のあり方豊蔵一
特別論文家族・世帯の変容西岡八郎
研究論文税金が土地開発オプションに与える効果足立基浩
研究論文税制の変遷と持家および貸家の資本コストの長期的推移石川達哉
海外論文紹介借家市場の価格調整と自然空家率に関する実証分析黒川太
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 足立基浩論文(「税金が土地開発オプションに与える効果」)は、ある土地を非可逆的な他の用途に転用する場合、転用後の賃料に関する不確実性によって転用の時期がどのような影響を受けるかを論じている。
 農地の転用の特徴は、その非可逆性にある。たとえば、いったん賃貸アパートを建設してしまうと、予想より賃料が低かったとしても、農地に戻すにはコストがかかりすぎる。この場合、将来の賃料が不確実であればあるほど、転用時期を先に延ばす動機が働く。
 不確実性と非可逆性を考慮したうえで最適な転売時期を選んだ場合の土地の価値をオプション価値という。これは、不確実性がない場合の最適な転売時期を選んだ場合の土地の価値より大きい。何割大きいかを示す指標をオプションプレミアムという。不確実性が高ければ高いほどオプションプレミアムは高くなる。
 足立論文の主要な貢献は、次のとおりである。第1に、東京・大阪・名古屋圏におけるオプションプレミアムを1980年から95年までの期間で計測した。第2に、固定資産税をオプションプレミアムの理論分析に組み込み、固定資産税と開発時期の関係を理論的に示した。第3に、固定資産税の存在が、上述の日本のデータではオプションプレミアムを12.5%引き下げたことを示した。
 この論文の理論モデルでは、開発後の土地からの賃料が幾何ブラウン運動(これは、対数をとると、成長トレンドをもつブラウン運動となるような確率過程である)に従うと仮定している。実証分析では、家賃の平均収益成長率の5年間平均値を、賃料成長率として採用している。さらにボラティリティーの指標としては、定点地区でのアパート経営の収益率の1980年から96年の期間での標準偏差を採用している。
 主要な実証分析結果である図4では、オプションプレミアムは不況期に上昇し、好況期に下向する傾向があることが示された。すなわち、1980年から87年にかけてと91年から95年にかけて、オプションプレミアムが上昇している。不況期における不確実性の増大のため、開発を先延ばしにしたほうが有利であると判断されたためだと考えられよう。一方で、87年から91年にかけては、オプションプレミアムは下降傾向にある。
 なお、農地転用面積とオプションプレミアムとの間には、とくにバブル期から崩壊後にかけて負の相関があることを示し、それに基づいて、土地供給政策が「開発の先延ばし価値」のために弱められてしまう可能性がある、という政策的含意を導いている。
 また、アメリカにおける同様の実証研究と比較して、日本におけるオプションプレミアムはアメリカよりもかなり大きくなっていることが指摘されている。日本の不動産市場がアメリカより不確実であることを示していると解釈ができよう。
 固定資産税が開発前にかけられると最適開発時期が早められ、開発後にかけられると最適開発時期を遅らせられることが先行文献の完全予見のケースに関する理論モデルから知られている。足立論文は、そのようなモデルに不確実性を導入すると、開発時期がその分遅れることを示している。
 固定資産税によってオプションプレミアムがどの程度変化したかが図4に示されている。固定資産税は、年にかかわらずオプションプレミアムを一定率で引き上げてきたといえよう。
 足立論文では、税としては、固定資産税のみが扱われている。本号の石川達哉論文でも分析されているように、所得税の現実的な扱いや、著者などが他の論文で分析している相続税をも同時に組み込んでオプションプレミアムを計測すれば、景気の上昇局面と好局面、および利子率の高い時期と低い時期で、税がリスクプレミアムに及ぼす効果が異なったものになる可能性がある。そのような状況を分析するために、本論文のモデルを基礎として発展させたモデルが役立つであろう。
 
 石川達哉論文(「税制の変遷と持家および貸家の資本コストの長期的推移」)は、持家と貸家のユーザーコストが時系列的にどう変化してきたかを分析している。とくに借入による場合、1970年代は貸家の資本コストのほうが持家のそれより低かったが、80年代にほぼ同水準となり、90年代は持家の資本コストのほうが低水準であることを示している。90年代に持家と貸家の関係が逆転したことは、この論文の新発見である。
 住宅の資本コストとは、住宅ストックを所有することで支払わねばならないコストである。所有者は、住宅から得られる所得の収益率が資本コストを下回る場合はこの家を売却し、収益率が資本コストに等しい水準である場合にのみ、家を現在のかたちで所有することがペイすることになる。
 今、借入金の金利が5%であるとしよう。いっさいの住宅関連の税がないとし、貸家の減価償却が2%であるとすれば、資本コストは7%である。すなわち、家賃が投資額の7%であるとき、はじめて貸家に投資することがペイする。その際、固定資産税を払わなければならないとすると、7%以上の収益率がなければペイしなくなる。貸家の資本コストは10%より高くなり、さらにさまざまな税がかけられると資本コストは上がっていく。その一方で、税のなかに投資を促進するような控除制度があれば、資本コストは下がる。
 持家の帰属家賃に対しては、所得税が課税されていない。このためインフレがなく、唯一の税が所得税である場合には、貸家の資本コストのほうが持家の資本コストより高くなる。これを基本型と呼ぼう。
 1970年代は、借入の場合、基本型の逆であったことは従来から知られていた。すなわち、借入による場合、貸家の資本コストのほうが持家のそれより低かった。これは、貸家の支払利子所得控除が名目金利に対して控除されるため、インフレ期には過大な控除があったことが大きな原因である。また、70年代は期待家賃上昇率が高かったため、実質金利は低かった。帰属家賃非課税の効果は実質金利の影響を受けるので、低い実質金利は持家の有利性を低く抑えた(図8参照)。これが基本型との逆転を生んだ理由であると考えられる。
 一方、1990年代にこの関係が基本型に戻った理由は二つある。第1は、名目金利の低下によって貸家の支払利子の所得控除による費用節約効果が低下したことである。このため、貸家の資本コストが上昇した。第2は、持家の所得税額控除措置が拡大したため、持家の資本コストが低下したことである。
 図8は、借入資金のケースについて、持家の資本コストと貸家の資本コストとの差の時系列的な変化を折れ線グラフで描いている。さらに税制上の優遇措置が、いつの時点でどのように貢献しているかを示している。
 なお、図7の棒グラフは、自己資金の場合の、持家と貸家の資本コストの差を時系列的に示している。自己資金の場合には、1970年代も基本型にそっている。これは、借入金の利子向上による逆転が起きていないためである。
 ところで、インフレがなく利子率が一定で、税が所得税のみであるならば、限界所得税率の上昇とともに借入資金による貸家の資本コストは上昇するはずである。ところが、図10によれば、1994年以前は、限界所得税率の上昇とともに貸家の資本コストは下降している。これは、インフレに非中立的な税制の下では、限界税率が高いほど、利子控除の恩恵を大きく受けることができるためである。なお、95年以後に限界所得税率と資本コストの関係は正常化している。
 課税がインフレに対して中立的に設計されていれば、利子水準が持家と貸家の資本コストの大小を逆転させるなどということは起き得ない。しかし、実際の税制は、インフレに対して非中立的であるために、名目の利子の変化がこのような影響を及ぼしているのである。
 石川論文は、税制の物価に対する中立性を保つことの重要性を示唆した論文だともいえよう。
 なお、石川論文ではとくに社会保険料を考慮した所得税や住民税の限界税率の計測が精緻化されている。先行論文と比較して、この論文のもうひとつの大きな長所であるといえよう。(八田達夫)
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