季刊 住宅土地経済の詳細

No.50印刷印刷

タイトル 季刊 住宅土地経済 2003年秋季号
発行年月 平成15年10月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言セミパブリックな空間立石真
特別論文少子化・高齢化と土地価格岩田一政・服部哲也
研究論文定期借地権付き住宅を考慮した家計の居住形態選択行動瀬古美喜
研究論文容積率緩和の便益唐渡広志・八田達夫
研究論文オフィスビル総合収益率の決定要因吉野直行・富井正浩
海外論文紹介金融資産と住宅資産の関係行武憲史
内容確認
PDF
バックナンバーPDF
エディ
トリアル
ノート
 本号の3論文は、過去の政策の検証(平成4年の定期借地権創設の影響:瀬古論文)、現在の政策シミュレーション(容積率の緩和が都市の生産性に及ぼす影響:唐渡・八田論文)、将来の政策課題に対する基礎的情報の提供(不動産投資インデックスのパネル・データ化と決定要因分析:吉野・富井論文)と三分されている。偶然の一致とはいえ、住宅土地経済分析の幅の広がりを示していて興味深い。ともに、マクロ集計量を扱うのではなく、個別家計あるいは地域からなるミクロやセミ・ミクロデータを分析の対象としているところに近年の研究方向が出ている。
 
 政治的、学問的に多くの議論が交錯した定期借地権であるが、平成4年8月の誕生以来10年余を経過した。こうした長期に影響を及ぼす制度変更は、効果が表れるのに時間がかかる。また、個別家計の行動まで遡って分析を加えないと、他要因と分離して制度変更の真の影響をとらえることはむずかしい。このことは、個別家計住宅選択行動についての詳細データ分析が必要であることを示唆している。施行後6年を経過した時期の家計レベルの調査である「平成10年住宅需要実態調査」の個票を用いた瀬古美喜論文(「定期借地権付き住宅を考慮した家計の居住形態選択行動」)はまさに時宜に適った分析である。
 周到な計量分析の結果をみると、定期借地上の持ち家は、自己所有上の持ち家、一般借地上の持ち家の双方と比較して選択要因が異なっていることが示されている。このことは、従来研究のように単に持ち家と借地の間の選択を分析するだけでは、家計の住宅選択行動をとらえるのには不十分であり、敷地の所有形態も正面にとらえて分析する必要があることを強く示唆している。
 しかし著者も指摘するように、当該調査で実際に定期借地上の持ち家を選択したサンプル数が31と、自己所有地上の持ち家を選択したサンプル数3232、一般借地上の持ち家を選択したサンプル201と比べて著しく少ない。そのため結果が当該サンプルのモデルでは定式化されていない特殊性に依存してしまっている可能性がある。たとえば著者が説明抜きで示している、定期借地権制度を利用した持ち家を選択するのは「比較的裕福な高年齢男性世帯家計である」という特徴は、今後定期借地の利用が進みサンプルが増加したときに生き残るかどうかまだ判定はできないと言ったほうが正確であろう。その意味で定期借地権の影響分析、事後政策評価は端緒についたばかりであり、瀬古論文はその嚆矢としての役割を果たしたと言える。
 
 都市再生が最重要の政策課題となって久しい。そして都市再生のひとつの重要なステップが都市の「生産性」を上げることであるということには多くの人が賛同するであろう。そして、その方策のひとつとして、容積率の緩和が提唱されてきた。しかしながら、容積率の緩和がどれほど都市の「生産性」によい影響を及ぼすのか(あるいは悪い影響を及ぼすのか)その定量的な分析は少なく、賛成論も反対論も印象批評的で、数字の裏付けの希薄なものが多かった。
 こうしたなかで、容積率緩和の影響の定量的な把握という重要な課題に正面から取組み、目覚ましい成果を上げているのが、八田氏と唐渡氏である。両氏はすでに本誌第41号において、容積率緩和の労働生産性向上効果について分析を行なっているが、本号の唐渡広志・八田達夫論文(「容積率緩和の便益」)ではそれを一般均衡分析に拡大、便益の金銭的評価も与え分析を深化させている。
 容積率緩和のような政策は複雑な影響を都市経済にもたらす。それは企業の立地選択を変化させ、地域の労働生産性に影響を及ぼし、さらには賃金率が変化し、それに応じて労働者も移動する。最終的に変化の行きつく先は、当初に起こった影響とは相当異なってくる可能性がある。そのため相互依存をモデルのなかにとり入れて依存関係の行きつく先、一般均衡の状態を考える必要がある。
 唐渡・八田論文では都市外部からの労働者流入のない閉鎖都市として東京を一次近似し、一般均衡分析を適用している。均衡を2つの線形回帰モデルに特定化し、それを東京のデータを用いて推計、その結果を用いて容積率緩和の効果を定量的に把握する。
 完成度が高く、とくに集積の便益を計測する手法は応用の可能性も広い唐渡・八田論文であるが、著者もその限界を指摘しているように、閉鎖的都市経済、つまり容積率を緩和しても外部からの労働力流入がないという仮定は強すぎるのかもしれない。問題は東京のオフィス市場が埼玉・千葉・神奈川など首都圏のオフィス市場とは独立に考えることが一次近似としてよいか、という点であり、より大きく見えれば「オフィス市場」は空間的広がりとしてどの大きさをとればいわば閉鎖的都市経済として考えてかまわないかという巨大な実証分析上の問題である。この分野の先端を走る著者の今後の研究成果が待たれるところである。
 
 「不動産投資インデックス」という言葉を最近耳にする機会が多い。RIET(不動産投資信託)など、不動産商品が耳目を集めるようになりそのベンチマークとしての不動産投資インデックスに世上の関心が集まりつつある。
 吉野直行・富井正浩論文(「オフィスビル総合収益率の決定要因」)は、現在日本で作成され提供されている不動産投資インデックスの仕組みを説明し、その基本的な手法に従って、全国のインデックスのみならず東京都心3区エリア別インデックスのパネル・データを作成して分析している。その手法は、簡単に言えば、地価公示の標準地に仮想的なビルを想定し、そのビルの賃料や費用を推計し、それを全体で集計することで地域あるいは全国のインデックスを構成するというやり方である。この手法によって1970年から2001年までのインカム収益率とキャピタル収益率を構成し、その決定要因を分析している。
 吉野・富井論文の貢献は、全国の分析もさることながら、東京都心3区(千代田・中央・港)のパネル・データの構成とその分析であろう。詳細な地点設定により、千代田区のビジネス街のなかでの二極分化が生じていることを示していることは興味深い。「丸の内・大手町・有楽町」近辺を一極とし「内神田・神田須田町」近辺を他極とする二極分化はすでに多くの実務家、研究者がさまざまな情報に基づいて報告していることではあるが、地価公示に基づいた不動産インデックスにおいても明確に表れているのである。また、1980年代までの丸の内地区のインカム収益率としての優位性がその後縮減していることや、総合収益率の大半の動きがキャピタル収益率で説明されることも実務の「実感」に符合する。
 吉野・富井論文の不動産インデックスパネル・データの構成、分析は周到であるが、実は大きな問題を含んでいる。それはこのインデックスのもとになった収益率は地価公示価格に依拠して作られた仮想ビルの収益率推計から作られたものであり、実際の稼働しているビルの収益率とは異なっている点である(この点は、単に吉野・富井論文にとどまらず、現在の日本に存在する同種のインデックスすべてにあてはまる問題である)。
 よく知られているように、地価公示はその時点での実際の取引価格ではなく、それ以外にさまざまな情報に依拠して構成される鑑定価格であり、必ずしも市場価格を忠実に反映しているとは言いがたい。また、建物価格もとくに最近のデフレ期においては公式統計と実勢の間にはかなりのずれが生じていることが指摘されている。さらに賃料は個別性が非常に大きいこともよく知られている。
 したがって、ここで扱われている不動産投資インデックスは、実際の取引から計算される有価証券のさまざまな投資インデックスとは似て非なることに注意が必要である。さらに、たとえばヨーロッパでIPD(Investment Property Data Bank)が提供する、実際の投資物件の収益率に依拠して作られている不動産投資インデックスとも異なる。吉野・富井論文が構成した不動産投資インデックスは疑いなく現在存在する同種のなかではもっとも信頼性の高いひとつであるが、その利用、そして結果の解釈には慎重さが必要である。(KN)
価格(税込) 750円 在庫

※購入申込数を半角英数字で入力してください。

購入申込数