季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2007年秋季号
発行年月 平成19年10月 判型 B5 頁数 42
目次分類テーマ著者
巻頭言不動産情報開示システムの構築を八田達夫
特別論文マンション建替えの現状と課題井上俊之
研究論文犯罪と地価・家賃沓澤隆司・水谷徳子・山鹿久木・大竹文雄
研究論文都市の容積率と交通需要浅田義久
研究論文親からの住宅資金援助と子の住宅取得行動周燕飛
海外論文紹介土地利用規制が住宅・土地価格に与える影響田中麻理
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トリアル
ノート
 犯罪が多発する治安の悪い地域では住宅価格が低いだろうと予想される。最近では犯罪発生情報が公表され、ほとんどの都道府県で犯罪発生情報マップがインターネット上に公開されている。しかも、ひったくり、侵入窃盗、車上ねらい、自動車盗、粗暴犯といった分類別に、町丁目レベルの細かい単位での犯罪発生率が地図表示されていることが多く、地区別の犯罪発生率の差が一目でわかるようになっている。
 沓澤隆司・水谷徳子・山鹿久木・大竹文雄論文(「犯罪と地価・家賃」)では、東京都の町丁目単位の犯罪発生率データを用いて、犯罪が住宅地の地価や家賃に与える影響を推定している。彼らの推定結果によると、犯罪発生率は有意に地価を低下させる効果をもつ。家賃については、地価ほどは明確な結論が得られていないが、アパートの1階の物件については、犯罪発生率が有意に負の効果を及ぼしている。
 この論文の最大の特長は、計量経済学のテクニックを駆使して、推定値のバイアスを取り除く努力をしていることである。犯罪率が地価に及ぼす効果についてバイアスが発生するのは、データの制約から地価に影響する要因で説明変数に入っていないものが存在し、それらが犯罪率と相関をもっている可能性があるからである。
 たとえば、低所得層が多い地域で犯罪発生率が高くなり、しかも、そういった地域で地価が低くなっているとすると、低所得者比率が説明変数に入っていない場合には、犯罪率の係数が低所得者比率の効果を含むことになり、過大に推定されてしまう。
 この種のバイアスの処理には操作変数法が用いられる。また、複数時点のデータが利用可能な場合には、パネル推定を行なうことで、この種のバイアスを軽減することができる。この論文では、これらの2つの手法を用いている。
 とくに、公示地価データを用いた推定においては、操作変数法による推定とパネル推定に操作変数法を組み合わせるパネル操作変数法を用いた推定の2つを行なっている。いずれのケースにおいても、犯罪発生率は有意に地価を低下させるという結果を得ており、係数の値もそれほど大きくは異なっていない。
 家賃データを用いた推定はいまだ予備的な段階にとどまっており、最終的な結論ではないが、アパートの1階については犯罪発生率が有意に推定されている。しかし、アパートの2階では負の関係が弱くなる傾向にある。また、マンションの1階については係数が負にならなかった。
 犯罪率が一般人にわかりやすく公開されるようになったのは割と最近である。犯罪率が住宅価格に影響を及ぼすためには、買い手がそれを認知している必要がある。犯罪率が一般人にどの程度知られており、住宅購入の際にきちんと考慮されているかについての情報があると、推定結果のダブルチェックができる。こういったことについても検討しておくとよいであろう。
 推定結果がバイアスをもっていないかどうかは、用いた操作変数が適切であるかどうかに依存する。この点についての検討は論文中でも行なわれているが、さらに綿密な検討が必要である。
 第1に、操作変数のひとつとして低所得者割合が採用されている。この場合の操作変数は犯罪発生率に影響するが、地価に直接には影響しない変数でなければならない。低所得者割合が大きい地域では、犯罪発生率のいかんに関わらず、地価が低くなる可能性があるので、操作変数として適当かどうかには疑問が残る。
 第2に、操作変数を用いたケースと用いなかったケースで推定値に大きな相違がなかった。このことは、操作変数があまり有効でなかったからであるとも解釈できる。

 容積率規制は日本の都市計画規制の最も重要な構成要素であると言って過言ではないであろう。しかしながら、その理論的・実証的基礎についてはいまだに明確でない。経済学者の中には、容積率規制を混雑税に置き換えるべきであるという議論もある。浅田義久論文(「都市の容積率と交通需要」)は容積率規制に関する実証的基礎を探求する試みである。
 容積率規制が必要な理由としてよくあげられるのは、道路容量の制約である。容積率が高いと道路交通需要が大きくなり、交通混雑が引き起こされるというのがその論理である。浅田論文では、容積率緩和が交通混雑につながるかどうかを調べるために、容積率と総走行距離の関係を実際の自動車交通データを用いて分析している。
 自動車交通データは平成11年度道路交通センサスの自動車ODを用いており、容積率データには、土地利用現況調査の事務所床面積を宅地面積で割って実効容積率としたものを用いている。
 実証分析の結果によると、業務交通の総走行台kmには容積率がプラスに効いている。しかしながら、弾力性は0.2で低い。また、平均走行距離については、容積率はマイナスに有意である。したがって、容積率が高い地域で発着する交通は平均走行距離が短く、東京圏全体では混雑が緩和される傾向をもつと結論づけている。
 通勤交通については、容積率は総走行台km、平均走行距離ともに有意でないという結論を得ている。
 浅田論文における推定は、容積率と道路交通需要の関係を地域間のバリエーションを基礎に行なっている。このアプローチは沓澤・水谷・山鹿・大竹論文の焦点になっている推定上のバイアスを生んでいる可能性が大きい。
 現状で容積率の高い地域は都心部であり、自動車交通の混雑が激しく、自動車の利用は相対的に少ない。また、公共交通機関の整備が進んでいるので、自動車交通に大きく依存する必要がない。こういった状況で地域間の比較を行なうと、容積率が道路交通需要に大きなプラスの効果をもたないのは自然である。しかしながら、都心部の容積率がさらに上がったときには、自動車交通需要のかなりの増加をもたらす可能性がある。本論文のような単純なクロスセクション分析では、こういった効果はとらえきれない。今後の研究の進化が望まれる。

 親から子どもへの住宅資金援助は贈与税の対象になるが、住宅資金特別控除の特例等によって税負担が軽減(あるいは、免除)されている。この制度を活用して、住宅取得の際に親からの資金援助をもらう子どもが多い。周燕飛論文(「親からの住宅資金援助と子の住宅取得行動」)は、親からの資金援助が住宅取得時期を早める効果を持つか、住宅取得額および頭金額を増やす効果があるかをアンケート調査の個票データを用いて実証的に分析している。
 住宅取得額、頭金額、住宅取得時期のそれぞれについて、住宅取得額関数、頭金額関数、取得時期関数を推定している。結論としては、住宅資金贈与額が1000万円増えると取得時期は3.2年短縮され、住宅取得額と頭金額は贈与額とほぼ同額増加する。
 この論文の優れている点は、個表データを用いているので、集計データを用いる分析より精度の高い推定ができることや、贈与額の内生性によるバイアスを回避するために操作変数法を用いたり、頭金と取得時期の間の強い相関を処理するために、SUR手法を用いたりという推定上の工夫がされていることである。
 不満があるとすると、推定式が理論モデルから明示的に導出されておらず、各推定式の位置づけや推定式間の関係がよくわからない点である。また、政策的な含意についても、「生前贈与を促進するような制度改正は、住宅投資を刺激し、マクロ的な景気刺激策として期待できる」ということしか指摘されていない。こういった政策がもたらす資源配分の歪みなどに関する分析も期待したいところである。
 最近は日本でも周論文のような個票データを用いた実証分析が増えてきていることは喜ばしい。しかしながら、研究者(あるいは、研究者グループ)が個別に研究費を使って収集したデータを用いており、他の研究者にオープンになっていないので、切磋琢磨による研究の発展が阻害されている。ドイツでは、政府の研究費によって収集したデータは他の研究者にもオープンにしなければならないという制度になっていると聞く。わが国でも、国民の税金を使って収集したデータが有効に使われるような手だてが必要であろう。
(KY)
価格(税込) 750円 在庫

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