季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2025年春季号
発行年月 令和7年04月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1大学と地域と人間形成と倉橋透
特別論文2-7歴史を踏まえた分析で少子下での都市問題の解消を浅田義久
論文10-19マンション設備の陳腐化・修繕・経年減価鈴木雅智・清水千弘
論文20-27賑わいある公園へのリニューアル効果の推定田中和氏
論文28-35スマートメータを利用した賃貸共同住宅空室率と家賃との相関分析馬塲弘樹・清水千弘
海外論文紹介36-39観光客の増加が地域に与える影響牧野佑哉
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エディトリアルノート
 住宅建物の経済的減価率を調べることは、大きなテーマの一つである。住宅の建物の価値がどのくらいの速さで低下するかを示す経済的減価率は、住宅投資や、資産価格の決定に関連を持つため、住宅に関する経済分析においても大きな関心の対象となっている。また、わが国における中古市場での取引を活発にすることは長年の課題であり、経済的減価率には中古市場における住宅の取引状況が反映されるため、政策的にも関心を集めているテーマでもある。本誌においても、吉田(2016)*が取り上げており、推定に伴うバイアスの除去法など詳細な方法が提案・応用され、わが国の住宅の経済的減価率が高いことが示されている。
 鈴木雅智・清水千弘論文(「マンション設備の陳腐化・修繕・経年減価」)は、経済的減価率の高さに対して、これまでとは別の観点からアプローチしており、既存研究では十分調べられていない住宅設備の経済的減価率への影響を分析している。
 鈴木・清水論文では、設備がないことにより生じる価格の低下について、不動産サイトに掲載された東京圏の中古マンションのデータを分析している。サイトに掲載された住戸の情報から、詳細な住宅設備の情報を利用できるためである。このデータに含まれる6つの現代的な設備(浴室乾燥機、システムキッチン、エレベーター、フローリング、ウォークインクローゼット)がないことによる価格の経年減価率を求める分析を行ない、次のような仮説が検証されている。例えば、これらの現代的な設備がないことの価格低下率が古い住宅ほど高いという仮説、リノベーションを行なうことによる経年減価が軽減されるという仮説である。
 分析の結果として、現代的な設備が十分に付帯していない住戸で価格低下率が大きいことが明らかにされている。築後20年以上経過した住戸でも、リノベーションにより現代的な施設を備え付け、経年減価を防ぐことができるが、実際にはそのような住戸は少ないことも指摘されている。このような住戸の存在が、経年減価率を高くさせ、一定の性能を満たしている住戸に限ることにより経年減価率はより低くなる可能性があることも示唆している。
 鈴木・清水論文の指摘を活かした分析を行なうためには、住宅内の詳細な設備情報が含まれるデータを用いる必要性がある。鈴木・清水論文では、マンションを対象とした分析が行なわれている。日本の住宅市場では新築の取引が多いことが知られているが、マンションに関しては、新築マンションとの間にあった価格の差である新築プレミアムが縮小し、中古マンションの減価の速さも以前よりも低下してきている一方、戸建てについては、新築プレミアムは存在するものの、減価の速さは以前よりも低下してきたと指摘されている(令和6年版『経済財政白書』)。
 中古住宅市場の取引を活発にするために、建物状況調査制度の実施・普及、既存住宅価格査定マニュアルの整備などの取り組みもこれまでに行なわれてきた。このような政策の影響を調べるためにも、マンションのみならず、戸建て住宅を含む持家や賃貸住宅の経済的減価率を調べることも重要と考える。その際には、鈴木・清水論文のような詳細な設備情報のデータを用いた分析が可能になるとより、信頼性の高い分析が可能になると考える。

 田中和氏論文(「賑わいのある公園へのリニューアル効果の推定」)は、東京都豊島区南池袋公園で2016年に行なわれた大規模なリニューアルの影響を、その前後を含む2006年から2021年までの3年ごとに観測された6時点の固定資産税路線価のパネルデータを用いて差の差の分析を行なっている。分析に用いられたモデルは、時点と50m四方のメッシュで区切られた地点とを2種類の固定効果として含む固定効果モデル(Two Way Fixed Effect Model:TWFE)に基づいている。
 分析の結果、公園に近い地点の地価が上昇し、距離が遠くなるほど、地価上昇の幅が減少していることが明らかにされている。また、南池袋公園を処置群、西池袋公園を対照群とした分析を通じても、同様な傾向がみられることが確認されている。時点を通じての効果として、リニューアル後の2021年は、それ以前の2018年に比べて有意に上昇していることも確認されている。これらの分析結果から得られた推定値が公園のリニューアルによるものであることを示すにあたって、リニューアル前の二つの公園周辺の地価が平行に推移しているとの仮定が満たされていることが重要になるが、この仮定も満たされていることが確認されている。
 興味深いことは、公園のリニューアルが、犯罪を減少させたかについての分析もなされていることである。その分析結果は、周辺の犯罪件数が減少した可能性を示唆している。さらに分析結果を用いた固定資産税の税収増加分についての試算も紹介されている。その結果、社会全体で見た場合、固定資産税の税収増加額が、リニューアルの費用や公園の維持費を上回る可能性が示唆されている。
 田中論文での分析は、公共施設改築が周辺地域に与える地価の変化を通じた金銭的な影響を明らかにした分析として評価できる。地域における施設の周辺に及ぼす影響を測る分析は、方法論的にもさまざまな方法が開発され、応用されている分野でもある。地域において、維持管理し、必要に応じて改築の実施が検討されている公共施設は多いと考えられるので、今後のさらなる研究対象の拡大と発展が期待される。

 空き家が周辺の住宅に及ぼす影響を分析した研究はいくつか存在する。例えば、鈴木・樋野・武藤(2023)**は、横須賀市における戸建て住宅の場合での4年間にわたり空き家の状態が続いている住宅を長期空き家と定義し、この周辺住宅価格への負の外部性を指摘している。馬塲弘樹・清水千弘論文(「スマートメータを利用した賃貸共同住宅空室率と家賃との相関分析」)は、マンション、アパートのような共同住宅内における空室が、共同住宅内の家賃や近隣の賃貸住宅の家賃に与える影響を調べている。
 賃貸住宅のデータとして、世田谷区を対象に、ウェブサイトに掲載された広告賃料と住宅属性に関する情報を利用している。この研究の特徴の一つとして、空室状態を把握するデータに、スマートメータにより記録された電力消費量を利用している点を挙げることができる。既存研究では、空き家の状態など、住宅の居住状況を把握するためのデータとして、市場に出ている期間や、外観から空き家かどうかを判断した情報が使われている。
 馬塲・清水論文で使用されたスマートメータは、デジタル式電力計量器であり、2014年以降に普及が進んでいる。このメータには、通信機能がついており、検針員による計測が必要なく、電気使用量の計量を正確に行なうことができる。この電力消費量のような業務データ(調査を目的として収集されたデータのような伝統的なデータに対して代替データAlternative dataとも呼ばれることがある)を利用することにより、空室状態を示すデータの観測誤差を減らす工夫をしているのが馬塲・清水論文の特徴である。ウェブサイトからの広告情報を用いた賃貸共同住宅のデータに、この電力消費量のデータを接続させ、分析を行なっている。
 分析のためのモデルには、家賃を被説明変数として、説明変数には空室期間を考慮した空室率を用いたモデル、空間計量経済学の手法を用いて定式化した周辺共同住宅の空室期間を用いたモデルを推定している。さらに市場における家賃水準による異質性を検討するために、上位と下位10%の分位点回帰モデルを用いた分析も行なっている。
 これらのモデルを用いた結果、空室の期間が長くなるほど、空室率は家賃に対して負の影響を示していた。また、近隣の共同住宅の空室率の影響は建物内で完結していて、近隣には影響しないことが示唆されている。この結果は、空室の存在する物件は、空間的な波及効果を近隣の共同住宅に対して、影響を与えない可能性を示唆している。これは、長期間の空き家周辺の住宅への負の外部性を指摘した鈴木・樋野・武藤(2023)論文の結果と異なる。さらに供給制約のある場合には家賃の上昇も考えられることを指摘した既存研究も紹介されている。
 空き家が周囲に及ぼす影響は、分析対象とした地域、分析に用いた不動産のデータ、空き家の定義により結果が異なるようである。今後のさらなる研究の蓄積を期待したい。(K・S)

*吉田二郎(2016)「不動産の経年減価率」『季刊住宅土地経済』第99号、20-27頁。
**鈴木雅智・樋野公宏・武藤祥郎(2023)「長期空き家の負の外部性――東京圏の人口減少都市における検証」『季刊住宅土地経済』127号、26-35頁。
価格(税込) 786円 在庫

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