タイトル | 季刊 住宅土地経済 2025年夏季号 | ||||
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発行年月 | 令和7年07月 | 判型 | B5 | 頁数 | 40 |
目次 | 分類 | ページ | テーマ | 著者 |
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巻頭言 | 1 | 民泊まちづくり | 浅見泰司 | |
特別論文 | 2-7 | 住宅分野における脱炭素実現に向けた動向と課題 | 田辺新一 | |
論文 | 10-19 | ウォーカビリティと土地取引価格の関係 | 柴山多佳児・三輪哲大・田島夏与 | |
論文 | 20-27 | 時空間地球統計モデルによるヘドニック不動産価格推定 | 武藤祥郎・菅澤翔之助・鈴木雅智 | |
論文 | 28-35 | 東京都区部における住宅侵入盗と近隣社会経済的特性の関係 | 上杉昌也・樋野公宏 | |
海外論文紹介 | 36-39 | ミクロレベルでの住宅供給の価格弾力性の推定 | 吉野綾家 | |
内容確認 | 未公開 | |||
エディ トリアル ノート | エディトリアルノート 不動産市場の研究は学際的な分野であると言われる。本号には、地域特性が住宅価格などに及ぼす影響について、経済学や地球統計学に基づく分析がなされた論文が掲載されている。 ◉ 柴山多佳児・三輪哲大・田島夏与「ウォーカビリティと土地取引価格の関係」は、「歩きやすさ」が、近隣の地価に影響を与えているかどうかを、オーストリアのウィーンのデータベースを用いて検証している論文である。 柴山・三輪・田島論文は、歩きやすさに影響し得る説明変数が被説明変数である土地の取引価格に与える影響を分析している。説明変数には、次のようなものが用いられている。道路の舗装表面を示す変数、土地利用の多様性を示す変数、都市アメニティに関する変数、取引地点の道路データ、人口密度、公共交通サービス水準である。 分析の結果、これらの説明変数は、予想通り、地価に対して正の影響を示していたが、分析結果には不均一性も存在することが示されている。建物規制について、低層建築物のみが許可される地域と、中高層建築物の建設可能な地域とでは、分析結果が異なることが報告されている。特にウィーンでは、低層建築物のみが許可される地域や、住宅の許可されるエリアにおいて、道路に関する変数が、地価に対して正の影響を示す傾向が見られたことが報告されている。土地利用の多様性についても不均一性が存在することが指摘され、住宅地では単一の土地利用がより高く評価される傾向がみられ、商工業地では混合的土地利用のほうがより高く評価されていることが示されている。 ウォーカビリティの研究では、ウォーカビリティを増す傾向を示している変数が、地価に同様な影響を見せていない点がある理由として、騒音や振動などの影響も地価には、反映されるためであろうことが指摘されている。そこで、今後の拡張として、次のようなことを考えることもできるかもしれない。 ウィーンは首都としての歴史があり、首都としての機能を満たすために、地価が高く、柴山・三輪・田島論文で用いられたウォーカビリティに関する施設を整備したようなことがあれば、土地価格を説明するための、ウォーカビリティに関する変数は内生変数であることも考えられる。このことを踏まえて、ウォーカビリティ施設が地価に対して因果効果を与えているかを確認すれば、論文内で示唆されているように、ウォーカビリティ向上による地価向上により、固定資産税の増加も望まれ、ウォーカビリティ向上のための投資を回収し得ることを、より説得力を持って述べることができると考える。 ◉ ヘドニック価格モデルは、不動産価格を分析するモデルとして広く使われている。武藤祥郎・菅澤翔之助・鈴木雅智「時空間地球統計モデルによるヘドニック不動産価格推定」は、このヘドニック・モデルを「地球統計学」と関連させて、その応用範囲を拡張している。 武藤・菅澤・鈴木論文では、データでは観測できないが住宅価格に影響を及ぼす隣接地の要因を「時空間効果」と呼び、モデルに含めている。不動産関係者の間では、「地位」と呼ばれるものである。これにより、観測されない要因を無視することにより推定値に生じるバイアスを防ぐことができる。この時空間効果は、地球統計学で扱われているように、時間軸でも空間軸でも相関を持ち、時間的にも空間的にも近いほど大きくなり、離れると小さくなることを仮定し、相関関係を定式化している。ただし、このような効果を仮定し、時空間に関連する相関係数を導入すると、モデルのパラメータの推定が困難になるので、分析者の主観的な推論を事前分布として反映させることができるベイズの方法により、パラメータの推定を行なっている。 具体的には、尤度関数が複雑になるため、事前分布を導入した事後分布をマルコフ・チェイン・モンテカルロ法(MCMC)の一種であるMetropolis-Hastigns Algorithm(MH)により、推定パラメータの分布を求めている。サンプル・サイズが大きい場合での推定に生じる問題への対処法も述べられている。さらに求められたパラメータを用いて、住宅価格の予測値も求めることができる。この際に、ベイズ・クリンギングとして知られる空間補完の方法を用いて、サンプルには用いられていない地点の住宅価格の予測値も求めている。 提唱された方法を横須賀市において2016年から2019年に取引された、中古戸建て住宅の取引価格データの分析に応用している。モデルのパラメータを求めた後で、モデルから予測される価格の確率分布を求めている。同じ説明変数を用いたモデルでも、地域(丘陵地、中間的住宅地、高級住宅地) ごとに、「時空間効果」は異なる分布を示し、モデルから予測される価格にも違いが反映されることを示している。 武藤・菅澤・鈴木論文では、紙幅の関係で分析手法についての記述は簡略なものに留まっている。そこで、このような分析に関心のある読者には、ベイズ統計学・計量経済学などの教科書とも併せて読んでいたくことをお勧めしたい。本誌135号に掲載された武藤・菅澤・鈴木(2025)*とともに有益な文献となるはずである。 ◉ 上杉昌也・樋野公宏「東京都区部における住宅侵入盗と近隣社会経済的特性の関係」は、社会経済的特性(Socio-Economic Status: SES)が犯罪発生率にどのような影響を及ぼしているかを分析している。分析の際には、地区ごとのSESと犯罪発生が都市内部で一様ではない可能性を考慮して、地理的変動を考慮した地理的加重回帰モデルを用いている。また、物理的環境要因がSESの水準に依存する可能性を考慮したモデルによる分析も行なわれている。 分析では、東京都区部の町丁目を分析単位として、2009年から2011年に東京都区部で発生した住宅侵入盗件数を被説明変数、地区特性を示すデータである人口・世帯特性、土地利用・建物特性、交通アクセス等を説明変数に用いて分析している。 さらに、隣接地の地区特性関する変数からの影響を考慮した地理的加重回帰モデルによりパラメータを推定している。この地理的加重回帰モデルは、地点(i)ごとに、回帰係数を推定し、地区周辺の回帰係数の違いを明らかにしている。推定結果は、観測値に含まれる地点ごとに得られるので、得られた回帰係数の最小値、中央値、最大値などが、結果としてまとめられ、地図上に示されている。利用可能なソフトウェアの一つとしてRのspgwrパッケージがある。 分析によって次のような結果が得られている。SESを示す変数として高所得世帯の割合を用いた場合には、高所得世帯の割合が高いほど、マイナスの影響が示され、犯罪率が低い傾向がみられている。ただし、高所得世帯割合が高いほど、犯罪率が高い傾向を示す地区も存在していた。 さらに、物理的環境を示す変数の係数についても検討されている。道路面積率と最寄り駅までの距離の係数については、高所得世帯割合と関連することが示されている。道路面積率については、高所得世帯割合が高いほど、道路面積率の係数はプラスで有意となる結果が得られている。最寄り駅までの距離については、高所得世帯割合が高いほど、道路面積率の係数はマイナスで有意となる結果が得られている。これらの結果は、SESを示す変数に、職業や学歴に関する変数を利用した場合でも同様な結果が得られたと述べられている。 今回の分析ではなされていないが、犯罪率が地域の住宅価格に及ぼす影響を測定するのも興味深いテーマで、本誌の66号に掲載された沓澤・水谷・山鹿(2007)**で取り組まれている。犯罪率は、住宅価格水準も関係して人口移動などに影響を与え、住宅価格が犯罪率に影響を与えることも考えられる。このため犯罪率が住宅価格に与える影響を調べることは、単純ではない。沓澤ほか(2007)は、犯罪率に影響を与えるが住宅価格には影響を与えないと考えられる変数を探し、操作変数として利用した分析を行なっている。上杉・樋野論文で示された、犯罪率に影響を与える変数を用いたさまざまな分析結果は、今後、犯罪率の住宅価格への影響を調べる際の、操作変数の候補となり得る変数を示している。また空間的な距離を考慮した分析をすることの重要性を示したという意義もあると考える。(K・S) *武藤祥郎・菅澤翔之助・鈴木雅智(2025)「地球統計パネルモデルを用いた都道府県別空き家率の将来予測」『季刊住宅土地経済』No. 135, pp. 26-35. **沓澤隆司・水谷徳子・山鹿久木(2007)「犯罪と地価・家賃」『季刊住宅土地経済』No. 66, pp. 12-21. |
価格(税込) | 786円 | 在庫 | ○ |
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