季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1992年秋季号
発行年月 平成4年10月 判型 B5 頁数 32
目次分類テーマ著者
巻頭言権限の委譲を大津留温
研究論文持ち家・借家選択と税制I岩田一政
研究論文持ち家住宅の資本コストと住宅価格中神康博
研究論文地価バブルの統計的考察井出多加子
時事展望都市が競い合っていたころ原田泰
海外論文紹介賃金およびレントと都市のアメニティ中野英夫
内容確認
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ノート
 岩田論文と中神論文は、「資本コスト」の概念を住宅市場の分析に適用している。資本コストの概念は、最近ではさまざまな分野で用いられており、経済学者の間ではよく知られている。しかし、経済学者以外の人々にはなじみがないと思われるので、ごく簡単に説明しておきたい。
 賃貸住宅を例にとると、資本コストは年々の家賃収入と住宅の資産価値の比率になる。例えば、1億円の住宅を買って、その住宅を賃貸するケースを考えてみよう。この場合にどれだけの家賃収入が上がれば利益が出るかは、購入資金の資金コストに依存する。もし金利が安くて、年間300万円の家賃収入でペイするならば、資本コストは3%であるということになる。
 購入資金を全額借り入れによって賄う場合の資本コストは、借り入れ金利に連動する。自己資金によって賄う場合には、その資金を金融資産などで運用した際の利回りに依存することになる。このように金利水準が資本コストの主たる構成要素であるが、それに加えて所得税や相続税などの節税効果、住宅金融公庫の低利融資、建物の減価償却法なども資本コストに影響する。
 持ち家住宅の場合には家賃の支払いはないが、持ち家の資本コストも賃貸住宅と同様に定義できる。持ち家の場合の家賃は自分が自分に支払っているとみなすことができるからである。このような「みなし家賃」を帰属家賃と呼んでいる。
 
 さて、税制上の扱いの相違によって、持ち家住宅が賃貸住宅よりも有利になっている国が多い。例えば、Aaronによると、アメリカでは持ち家は賃貸に比較して10%程度も割安になっている。税制や補助制度などによって持ち家と賃貸の相対的な有利さがどうなっているのかを知るには、それぞれの資本コストを計算するのが最もわかりやすい。それをわが国の現行制度に関して行っているのが岩田論文である。
 わが国の制度で、持ち家と賃貸住宅の相対的有利さに影響している主たる要因は以下のものである。
 ?持ち家の帰属家賃には所得税が課税されないが、貸家から得られる賃貸料収入には所得税が総合課税される。
 ?持ち家については住宅ローンの利子費用、減価償却費、固定資産税支払額を所得控除することはできないが、貸家建設に関してはそれが可能である。さらに、貸家建設については割増償却の制度がある。
 ?持ち家について、1986年から税額控除制度が始まった。
 ?住宅金融公庫融資は持ち家のほうが手厚い。
 ?持ち家については、譲渡所得税の3,000万円控除と、10年以上所有の場合の低率分離課税の制度が存在する。
 ?持ち家については相続税の控除(200m2までの部分については60%以上)が認められる。
 岩田論文では、以上の要因のうちで最後の2つは考慮されていないが、それら以外については綿密な分析が行われている。
 持ち家と貸家の資本コストの相違に関する岩田論文の結論は以下のように要約できる。
 ・持ち家の資本コストは貸家の資本コストよりも小さいが、アメリカに比較してそれらの間の差ははるかに小さい。
 ・企業による貸家建設の資本費用と家計部門による貸家建設の資本費用の差も小さい。
 ・資本コストの所得階層別の相違もアメリカより小さいが、資本コストは高所得者層ほど小さい。
 岩田論文は現実の制度を丹念に分析した力作であるが、譲渡所得税や相続税が考慮されていないなど、いくつかの問題が捨象されており、今後の拡張が望まれる。また、岩田論文での資本コストは住宅の家屋部分だけを扱っており、土地部分には触れていない。土地部分を考慮した場合の、持ち家と貸家の資本コストの差は興味深い研究課題である。さらに、わが国では持ち家の優遇がそれはどでないにもかかわらず、持ち家比率がアメリカと大きく変わらないのはなぜかといった国際比較に関する問題も今後の課題として残されている。
 
 岩田論文が資本コストの概念を用いた実証研究であるのに対して、中神論文は資本コストの理論的基礎を、持ち家に的を絞って提供している。資本コストの概念の邦文でのわかりやすい説明が存在しないので、この分野に興味のある研究者にとっては非常に有益な論文になると思われる。
 また、中神論文では、?資金の借り入れに制約が存在するという流動性制約と、?相続の際の不動産の評価額が実勢価格より低いという相続税制の歪みの2つの要因を導入している。
 流動性制約がある場合には資本コストが上がり、そのことによって住宅の資産価格が下がって、それがさらに住宅ストックを減少させ、住宅サービスの価格(帰属家賃)を上昇させる。また、相続税制の歪みは、それによる節税効果分だけ持ち家の資本コストを下げるので、住宅の資産価格は上昇し、住宅ストックの増加を通して住宅サービスの価格を低下させる。
 岩田論文からもわかるように、資本コストの概念は住宅市場の実証的分析と政策シミュレーションのための道具として非常に有効である。中神論文のような理論的研究をこれからの実証分析に生かしていくことが望まれる。
 
 第三の井出論文は、日本の地価にバブルが存在したのかどうかを統計的に検証するという企てを行っている野心的な論文である。
 これまでも、バブルの検証は野口悠紀雄氏や経済白書で行われているが、井出論文はそれらよりはるかに高度な計量経済学的手法を用いている。
 野口氏などによる分析では、ファンダメンタルズの水準を家賃、GNP、金利などのデータから計算し、それと現実の地価が乖離しているのでバブルが存在していると結論づけている。しかし、本誌3号の時事展望(「『地価バブル』の実証は可能か?」)においても議論しているように、ファンダメンタルズの値は家賃の上昇率や実質金利の推定値に大きく依存しており、明確な結論を得るのは予想外に困難である。
 大ざっぱにいえば、ファンダメンタルズ地価は、金利から地代上昇率を引いたもので地代を割ったものである。日本では金利と地代上昇率の差が非常に小さいので、それらの推定値のわずかのズレがファンダメンタルズの水準を大きく変化させてしまう。したがって、現実の地価がファンダメンタルズと乖離しているかどうかの検定は非常に困難である。
 井出論文は、このような問題を避けるために最新の時系列分析の手法を応用している。
 第1に、恒常的にバブルが存在していたかどうかのテストとして、Cointegrationテストと呼ばれるものが用いられる。それは、地価がファンダメンタルズによって決定されていれば、地価と地代(井出論文では地代の代理変数としてGNPが用いられている)や利子率の間に安定的な関係が成立しているはずであるという仮説に基づいている。1955年以降の地価データを用いると、これらの変数の間には安定的な関係が存在するので、1955年以降の全期間にわたる恒常的なバブルの存在は否定される。
 第2に、短期的なバブルが存在していたかどうかを検証するために、ECMを用いて地価がファンダメンタルズから乖離していた時期がないかどうかを調べた。その結果によれば、戦後3回の急騰期に数年にわたって乖離していた。これだけで直ちにバブルが存在していたとすることはできないが、バブルの存在を否定することもできない。
 第3に、1980年代後半の動きがバブルであったかどうかを、日本銀行の翁氏のKalman Filter残差分析を用いて検証した。その結果によれば、80年代後半に非確率的バブルが存在したという仮説は否定される。
 著者も指摘しているように、これらの実証結果はサンプル数の少なさや非確率的バブルに限定されているなどの問題点をもっており、今後の研究のいっそうの進展が期待される。(Y.K.)
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