季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1994年冬季号
発行年月 平成6年01月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言豊かな住宅・都市環境創造へ向けて中田乙一
座談会これからの日本経済と望ましい土地政策坂下昇・岩田規久男・小峰隆夫・宮尾尊弘
研究論文日本・ドイツ・アメリカの住宅政策I金本良嗣
研究論文都市成長管理の経済理論坂下昇
研究論文東京圏における住み替えと居住形態の選択瀬古美喜
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ノート
 本号の論文は、いずれも読みごたえのある力作であるが、まず、金本論文「日本・ドイツ・アメリカの住宅政策I:借家権の保護」においては、本誌第8号(1993年春)で日本、アメリカ、ドイツの3国の住宅市場に関する国際比較を行ったのに引き続き、住宅政策に関する国際比較を行っている。今回は、とりわけ借家権について焦点を合わせ、いくつかの興味深いファクト・ファインディングを行っている。
 アメリカでは、借家に関する規制が中央政府レベルでは存在していない。地方のレベルで家賃など規制が行われる場合もあるが、全体として借家について市場に委ねた形になっている。西ドイツでは、新規家賃について規制はないが、継続家賃について家賃値上げ率に上限があり、平均的な家賃以上の値上げはできないよう規制されている。また、借家人の保護についても正当な事由のない限り追い出すことはできないとされている。
 日本の場合も、借家人の保護が強いために家賃の値上げはそもそも困難であり、とりわけ借家人の居住権については、ドイツを上回る保護が行われている。それは、借家人を追い出す場合には、家主と借家人の双方の利害が比較衡量され、家主の利害の揖失が借家人のそれを上回る場合に限り、追い出しが認められるからであり、またドイツと異なり挙証責任が家主の側にあるからである。
 継続家賃の規制があったとしても、資本市場が完全であり、情報の非対称性が存在しない場合には、結局、新規家賃に継続家賃に関する規制のシャドウ・プライスが反映されるため、その効果は疑わしいものとなる。しかし、現実には資本市場に不完全性があり、借家人の属性(はたして善人であるかどうか)についても、またいつまで家を借りているのかその期間も不明であることが多い。こうした場合には、継続家賃の規制は有効性をもつといえる。
 借家人が善人である場合には、見ず知らずの人が新たに借家人となる場合よりも家主が家を貸すことの費用が減少するため、良い借家人をつなぎ留めるために継続家賃を割引くインセンティブが働くことになる。本論文での興味深いファクト・ファインディングは、借家人保護のための規制は、この居住年数割引率にほとんど影響を与えていないという指摘である。
 また、日本のデータを用いて割引率を検討しているが日本の割引率は、平均するとドイツと比べて同程度かやや小さい(これは日本の借家人保護が厚いという事実と整合的でない)。他方、借家期間が長くなっても割引率の上昇が続くという特徴がある。また、新しい借家ほど割引率が大きいという特徴もある。なぜこうした特徴が発生するのか、その原因を明らかにすることは、興味深い将来の課題といえる。いずれにしても、借家期間が長い場合に、継続家賃の割引率が大きいことは、ファミリー向けの借家供給を抑制する要因となる。借家人保護の経済効果について立ち入った分析はこれまで行われていないが、居住年数割引率に関する分析はその手がかりを与えているように思われる。
 
 坂下論文「都市成長管理の経済理論」は、経済学の立場から都市成長管理の理論的妥当性を本格的に論じたものである。この分野における数少ない経済学の貢献として注目に値する。都市成長管理論は、アメリカにおいて1980年代において論じられ、しかも実際の都市計画に応用されたが、経済学からの貢献は少なかった。その例外が、エンゲル=ナバロ=カーソン・モデルであり、この坂下論文である。
 エンゲルらは、通勤費用の逓増といった外部不経済と都市管理の必要性の関係を簡単な(人口流出入のある)小さな都市モデルを用いて分析した。坂下論文は、このエンゲルらのモデルを2つの都市の間の最適な人口配分の問題に応用し、しかも住民の効用関数を明示的に導入することにより、どのような場合に、都市の成長管理という政府の介入が正当化されるかを論じている。さらにエンゲルらの場合には、ゾーニング規制のケースを扱っているが、坂下論文では土地利用に関して税・補助金政策を政策手段として活用するケースを論じている。
 本論文での分析から得られるインプリケーションは、まず第1に、住民の数が増加するにつれて通勤費用が逓増するような場合には、この外部不経済を除去するためにピグー的な税・補助金政策を活用することが望ましいということである。逆に、外部不経済が存在しない場合には、政府の介入は最適な人口配分を歪めることになる。第二に、政府が介入する場合には、都市が成長する以前に政策を発動する必要があるということである。
 第2の点は、とりわけ東京一極集中問題を解決する上でも多くの意味をもっている。すでに人口が集中してしまった都市については、ピグー的な税・補助金政策を実施することによってそれ以上の集中を回避することは可能であるが、集中を現在以上に低下させようとする場合には付加的な社会的費用がかかることになるからである。その意味で東京は、成長管理するにはすでに手遅れであるのかもしれない。
 最近の貿易理論では、国内の地域的な経済発展を規模の経済のある産業と規模の経済のない産業の両方が存在する場合について論ずることが流行となっている(例えば、クルグマンの著書『地理と貿易』)。この貿易理論においては、ある地域への資源の集中が外部経済を伴うために、均衡発展よりも不均衡発展のほうが効率性を大きく高めるとの結論が得られることが多い。
 都市成長管理論や坂下論文は、それとちょうど逆の都市集中が外部不経済をもたらすケースを論じているといってよい。現実には、外部経済と外部不経済の両方が発生すると考えられる。将来は、両方の理論を統合したモデルによって、都市の最適規模を決定する理論が出現することを期待したい。
 
 瀬古論文「東京圏における住み替えと居住形態の選択:最近の移動パターンと今後の移転計画」においては、どのような要因が人々の住み替え・居住形態のパターンに影響を与えているかという問題について実証分析が行われている。新たな推定方法を用いて日本の住み替えの決定要因を論じた本論文は、貴重な試みである。
 本論文においては、移動を行う家計は、不均衡状態にあり、移動を行わない家計は均衡状態にあるとの仮定の下で、東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)における住み替えパターンを過去の住み替えと将来の住み替え計画に分けて検討を行っている。まず、住み替えに与える要因を世帯属性(人員、世帯主の年齢)、所得、住宅属性(住居面積)、通勤時間などに絞った上で、推定方法としては、斬新な2項ロジット(移動と非移動)ならびに多項ロジット(持ち家から持ち家への移動、持ち家から借家への移動、借家から借家への移動、借家から持ち家への移動、非移動)の方法を用いて分析している。
 世帯人員については、通常人員数が多ければ移動を促進するものと予想される。ところが、過去の住み替えについては、人員数が少ないほど移動が多く生じている。また、所得についても、借家から持ち家、持ち家から持ち家への移動については、正の効果が観察される。ところが、借家から借家への移動については、有意ではないが負の効果を与えている。他方、将来の住み替え計画については、すべて理論どおりの結果が得られている。このことは、本論文で取り上げた決定要因が、計画段階では理論どおりの影響を与えているのに対して、現実の住み替えにおいては、これらの要因以外の要素が住み替えに影響していることを示唆している。
 本論文で、著者は借家から借家への住み替えについては、理論では取り上げられなかったなんらかの制約要因が働いている可能性があること、ならびに若い世代についての住宅金融をより充実することや流動性の高い中古住宅市場を育成することが重要な政策課題となると主張している。評者もその結論については賛成であるが、過去の住み替えについての所得の係数が有意でないことや世帯人員の係数が理論どおりでないので、強い結論を導くには困難な面がある。過去の住み替えパターンについて本論文で取り上げられていない決定要因(農村から都市への移動や職場における転勤や子供の年齢など)について検討を深めることが求められているといえよう。(K.I)
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