季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2019年秋季号
発行年月 平成31/令和1年10月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1空間の価値中城康彦
特別論文2-7ESG 投資と不動産開発・運用内藤伸浩
論文10-19被災地の人口移動要因に関する経済分析川脇康生
論文20ー27地理的市場占有率と不動産価格岩田真一郎・隅田和人・藤澤美恵子
論文28ー35学校の質が不動産市場に与える影響黒田雄太
海外論文紹介36-39世代間モビリティへの近隣の影響Ⅱ柴辻優樹
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 本号では、被災地における居住地移動の要因、大都市圏における住宅市場の競争環境が住宅価格に与える影響、学校教育の質の資本化など、データや実証分析手法に工夫を凝らして貴重なファクトファインディングを行なった3本の論文の投稿をいただいた。

 川脇論文(「被災地の人口移動要因に関する経済分析」)は、ユニークなデータに基づいて、東日本大震災の被災者の居住地移動の要因を詳細に分析したものである。このテーマを扱った先行研究は比較的豊富に存在する。しかし、いずれも集計データを用いたものであったため、個々の被災者の被害程度、所得や雇用などと人口移動の関係を直接みることはできず、人口移動要因を詳細に検証できていないという問題を抱えていた。川脇論文においては、まず被災3県に被災後3年間居住していた者を対象としたアンケート調査に基づき、2時点の居住地、個人属性に関するデータを得ている。
 さらに川脇論文で紹介されているPaxon and Rouse(2008)のモデルに基づき、被災後の居住地移動のメカニズムを明らかにしたうえで、上記のデータを用いて震災による居住地移動の要因を詳細に実証分析する。
 その結果、所得の高い人・若い人・転職者は震災後、より所得水準や就業機会を求めて市区町村外へ転出していることが示された。また、震災前、持家に居住していたり、地域に支援・相談者が存在していたりするなど地域固有資産を多くもつことは、転出を抑制する効果が見られたことも報告されている。これらの結論は直感とも合うものであり、実証分析によってそれを確認したこと自体を、貢献と位置付けることが可能だろう。
 また、もう一つの貢献として、データの特性を活かして平時からの転出要因と震災による特別な転出要因の識別を行なっていることがあげられる。持家に居住していないこと、所得が高いこと、年齢が低いことは、平時からの転出要因であるが、就業機会の少ない人口規模の小さい市区町村に居住していることは、震災による特別な転出要因として働いていることも示唆されている。
 居住地移転の要因を詳細に検証した川脇論文の試みは、より大きなサイズのデータなどによって今後確認されることが求められよう。それによって政策的示唆についてもより確度の高いものが得られるだろう。その際の課題を一つ挙げよう。川脇論文は、インフラの整備を中心とした復興政策よりも、企業誘致等雇用機会の確保を優先した復興政策を選択すべきであるという結論に至っている。しかし、Paxon and Rouse(2008)のモデル自体は、被災後の状態よりも人口移動は効用水準の高い状態をもたらしていることが前提となっている。人口移動が「人」の効用水準を向上させるものだとすれば、「地域」を復興させることの意味はどのようなところにあるのかという課題は、研究者や政策の企画立案に携わる者が常に認識しておくべきことであろう。

 岩田・隅田・藤澤論文(「地理的市場占有率と不動産価格:東京都心10区からの証拠」)は、マンション供給企業の寡占化がマンションの価格に与える影響を緻密な手法で分析したものである。
 不動産市場は買い手の検索範囲が地理的に限定されているため、売り手はその地域内の市場占有率が高くなると、価格競争を回避することができるようになるという仮説をまず置く。そのうえで、都心10区のマンション価格を、一定の地理的範囲の他のマンション価格、当該マンション供給企業の市場占有率によって説明する実証分析を行なっている。この場合、マンション供給企業を特定する必要があるため、2005年~2009年の都心10区を対象とするユニークなデータを用いている。
 岩田・隅田・藤澤論文の特徴の一つとして、空間自己回帰モデルを使っていることを挙げることができるが、最も評価すべき点は、モデルの特定化にあたって、きわめて緻密な方法を用いていることであろう。具体的には、6種類の空間距離行列を定義し、それぞれについて空間自己回帰モデル、空間自己相関・誤差モデル、一般化空間モデルの最大尤度を算出し、その最大値をもたらす特定化を行なっている。また、その後も基本モデルの頑健性を、空間重み行列の定式化、観測されない地理的不均一性、市場占有率の内生性、共同企業体の扱い、より一般的な定式化を用いた場合などについて、緻密なチェックを行なっている。
 その結果、2㎞の範囲を不動産地理的市場とした場合、市場占有率が1%上昇すると、マンション価格は約0.4%上昇することが、4㎞の範囲をとった場合、マンション価格は約1.0%上昇することが確認された。地理的範囲を拡大することで、半弾力性が上昇することは、他の形で特定化されたモデルでも同じように確認されている。
 このような緻密な実証分析に基づく研究は高く評価されるべきだと考えられる。ただし、岩田・隅田・藤澤論文を現実の市場を正確に描写したものとして受け止められるかどうかについては、やや留保すべき点があるかもしれない。半径2㎞内での平均市場占有率が5.6%であり、4㎞内においては3.8%である市場は、きわめて競争的な環境におかれた市場として受け止められるだろう。その場合に、「ある供給企業の市場占有率が1%上がることが価格支配力をどれだけ上昇させるか」という疑問は、現実の市場に向き合っている者からは出てきそうである。この非常に緻密な実証分析のプロセスを経た研究結果を、現実の感覚とすり合わせる作業を期待したい。例えば、岩田・隅田・藤澤論文でも指摘されているが、消費者が、大手7社の供給したマンションに特別な選好を持ち、より限定された選択をしているとすれば、それを踏まえた分析が必要であり、その結果として、より説得的なストーリーを描くことが可能かもしれない。

 黒田論文(「学校の質が不動産市場に与える影響」)は、日本ではあまり顕著な結果が得られていなかった学校の教育の質が不動産価格に与える影響について、自然実験環境を備えたケースを見つけ出して、巧みな手法で両者の関係を分析している。
 学区制の下においては、質の高い教育を提供すると考えられる学校周辺の土地や物件は需要が高くなり、地価や家賃が上昇することが理論的には予想されてきた。また、黒田論文で紹介されている海外の先行研究(Figilio and Lucas 2004、Clapp, Nanda and Ross 2008)などでは、住宅市場が学校に関する情報に強く反応することを見出している。一方、日本のデータを用いたいくつかの先行研究があるものの、それらは多くの私立学校が存在する東京都のデータを用いているため、学校の質と不動産価格の関係があまり強くないという結果が示されている。
 日本においてそのような結果が出ていることについては、学校の教育の質に関するデータがあまり公開されていないという一般的な原因があるものの、以下の二つの要因を指摘することができるかもしれない。一つは、私立学校の教育と公教育の質を同じものさしで評価する指標がないということ。もう一つは、学校の質という公共財の便益は、子供本人とその両親という限られた層の需要者にしか及ばないということであろう。後者については、ヘドニック関数などの推計にあたって需要側の属性をコントロールする必要が生ずるが、それは容易なことではなかった。
 このような状況に関して、黒田論文では、①学区制度が明確に存在し、私立学校がほとんどない島根県松江市を分析の対象とすることによって、②利用者に関する属性についても、それを代理する情報をもたらしてくれる賃貸物件に注目することによって、一定の解決を図ろうとしている。また、回帰不連続デザインを適用する、具体的には似通った特徴を持つアパートを直接比較することで、唯一不連続に変化する「通学できる学校の違い」によって、生じるアパートの家賃の差を検出するという巧みな実証分析を行なっている。
 その結果、テストスコアが10%増加すると、家族向け物件の家賃が約1.7%上昇することを発見している。これは、地価データを用いた日本の先行研究よりも大きなマグニチュードを示している。さらに、学校の質は単身者向けのアパートに対して負の影響を与える、もしくは有意な影響を与えないことも見出している。
 限られたデータしかない環境においても、ていねいな観察を通じて自然実験環境が整ったケースを見つけ出し、それに対して巧みな実証分析手法で、海外では見いだされながら、日本では観察しにくかったファクトファインディングを行なったという貢献は、高く評価すべきであろう。
 ただし、黒田論文でも指摘されているように、松江市というケーススタディを通じた検証になっているため、東京等の大都市圏で同様の結果が得られるかという再検証は今後求められるであろう。黒田論文を契機にして、そもそも地主や家主に便益が帰着する学区制全体の評価などについても議論が進展することを期待したい。
(M・N)
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