季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2020年夏季号
発行年月 令和2年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1コロナ後の不動産需要原田泰
特別論文2高齢化社会と住宅市場瀬古美喜
論文10人口減少下の大都市郊外における農業継続と住居コスト八木洋憲
論文20マンション共用施設が住戸の中古取引価格に与える影響田島夏与
論文28事故物件の外部性分析定行泰甫
海外論文紹介36路面電車は廃止されてもなお都市構造へ持続的に影響するか? 高野佳佑
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 今号では3本の実証分析の論文が掲載されている。

 八木論文(「人口減少下の大都市郊外における農業継続と住居コスト」)は、都市農家の農業継続の意思決定に不動産経営がどう影響しているのかを検討した論文である。まず、農地の利用について継続利用、売却、賃貸不動産経営の3種類の可能性を考え、農家の生活維持の観点から維持されうる最大の農地割合を、数式を用いて導いている。それによると、地価が高く賃料収入が多いほど農地を多く所有でき、逆に地価が低い地域では切り売りによって農地が減少する可能性が高まるという。
 そのうえで、東京都西部の郊外市(武蔵野、三鷹、小金井、国分寺、小平、日野)のJA青壮年部の部員を対象とした2014年のアンケート調査に基づいて、次世代に継続するか否か、過去において農地が減少したか否か、農業関連売り上げが増加傾向にあるか否か、という3種類の被説明変数を用いて、ロジット分析によって農家の継続の可能性を探っている。
 分析の結果によると、不動産所得への依存自体は次世代の農業継続の意思を低下させるが、人口密度の高い地域では、農業継続の意思を高めることが報告されている。また、不動産所得に依存している農家では、農業生産性が高いほど、農産物の売上高が増加傾向にあり、不動産所得に依存していない農家では、農業生産性が高くても売上高の増加がみられず、さらに、不動産所得に依存している農家では、農地を減少させる傾向が低くなるという。
 八木論文の分析内容は興味深いが、その含意については留意する必要がある。まず、農家の生活維持の観点から導出される、維持されうる最大農地割合は、経済学的には予算制約式だけに基づいた説明であり、農家の選択問題を解いていない。しかも、この予算制約には農地の税制上の優遇が組み込まれていない。
 税制上の優遇を考慮したうえで、効用最大化のような農家の選択問題を解けば、端点解の形で収益性の低い農業を続けるために、不動産経営で生活を維持するという結果が得られるように思われる。この場合、不動産経営のほうが農業より高い収益性があっても、多額の税優遇を受けるために農業を続けることになる。生産緑地を解除してしまえば、そのまま土地(宅地化農地)として保有し続けるとしても、多額の税負担を覚悟しなければならないからである。
 このように多額の税優遇が得られる生産緑地制度の下での農地所有者の選択結果に基づいて実証分析の結果を評価するほうが、より説得力のある分析になるように思われる。
 ただし、このような農地所有者の選択をモデルに基づいて導出したうえで実証分析を解釈する場合には、八木論文で指摘するような「職業としての農業や農地所有の主観的選好」は、農業継続の重要な要因とはいえなくなり、その政策的なインプリケーションについては再考する必要があるかもしれない。

 田島論文(「マンション共用施設が住戸の中古取引価格に与える影響」)は、2000年から2016年の間における東京23区内の分譲マンションの中古取引にかかわるデータを用いて、マンション共用施設が取引価格に与える影響を分析したものである。築年数による減価を基準として、共用施設などのマンションごとに異なる特性を示すダミー変数がどのように住宅の取引価格に影響を与えているかを分析し、さらに、それらの共用施設などのダミーと経年数の交差項を含めて、その経年変化の影響も捉えようとしている。
 分析では、会議スペースや室内イベントスペース、屋外イベントスペース、中庭、中廊下などの施設が、取引価格を上昇させる大きな要因であることが示されている。さらに経年変化の効果を見ると、屋外イベントスペースは価格を新築時に11.2%高めるが、その後の経年的な変化は見られず、中庭については当初23.1%上昇させ、その後の減価はせいぜい年0.8%ポイント程度である。また中廊下は、当初、8.4%増加し、その後は年0.3%ポイント程度の低下となる。
 ここで、分析にマンション内住戸数を含めると、屋外イベントスペースは新築当初14.3%上昇させ、その後の減価要因も0.6%ポイント程度であり、23年間以上にわたって価格に正の影響を与え、中庭の付加価値は新築当初26.3%上昇させ、その後の減価要因も年1.2%ポイント程度にすぎず、中廊下は、建築年数に関係なく7.8%の価格上昇要因になるという。特に、この時、住戸数の係数はマイナスとなる。この結果は、共用施設を含めない場合には、マンション価格が住戸数に対して正の相関があり、住戸数が多い大規模マンションほど価格が高くなるという予備的な分析結果と相違する。このことから、共用施設を含めないと大規模なマンションの住戸数の係数はバイアスを持つ可能性があると指摘している。
 共用施設の経年効果など注目すべき点の多い分析であるが、いくつか注意を要する点があると思われる。まず、中廊下や中庭などは、マンションのグレードに応じて設置されている可能性がある。そうであれば内生性の問題が生じている可能性を否定できない。さらに、屋外イベントスペースがあるということは、各区分所有部分に帰属する土地面積の割合が大きく、この影響などもコントロールする必要があるように思われる。

 過去に自殺や殺人事件などの死亡事件が発生したアパートやマンションなどは事故物件と呼ばれる。定行論文(「事故物件の外部性分析――殺人や自殺の現場と周辺家賃の関係」)は、こうした事故物件が存在するマンション棟内において、事故物件以外の家賃が影響を受けているか否かを調べることによって、事故物件の外部不経済を評価しようとする試みである。
 こうした事故物件については、不動産仲介業者がその事実を重要事項説明で告知する義務があるか否か、またいつまで告知するのか、などについて具体的な基準がなく、さまざまな解釈がありうる。また、事故物件の隣接物件については、そもそもあまり告知されていない実態がある。定行論文は、こうした事故物件に関連する告知義務の現状に対して、その指針を提示するためにも事故物件の市場評価を定量的に捉える必要性があると説いている。
 分析では、対象として他殺、自殺、火災死があった物件を扱い、2011年から2012年の賃貸物件のデータを用いて、近隣の事故物件を含まないマンションとの賃料を比較する形で影響を検証している。
 まず基本的な分析として、事故物件を有するマンションの他の住戸の賃料が、周辺の事故がない物件と比較したケースにおいては、他殺、自殺、火災死のいずれについても、賃料が低くなる傾向がみられるが、統計的に有意(ただし10%水準)であるのは他殺の場合だけであり、事故物件の棟内にある物件は、その周辺物件と比較して、4~5%ほど低くなるとしている。
 このように低い有意性しかえられないのは、棟内だけでなく近隣の物件にも外部性が及んでいる可能性が考えられる。この点を考慮して、定行論文では最も近い事故物件までの距離を説明変数に加えて分析しているが、有意ではなく物件の外への外部不経済は検出されていない。
 さらにすべての物件が事故物件の発生直後というわけではないため、事故からの経過年数を考慮した分析もなされている。殺人事件に関しては当初10%程度低下し、その後、1年経過するごとに、1.2%~1.4%ずつ上昇して調整し、おおむね8年で元の水準に回復することが示されている。この場合の分析でも他殺のみが有意で、自殺や火災死については有意ではないという。
 独創的な分析であるが、疑問もある。特に、殺人事件があった物件についてのみ有意になる理由として、自殺や火災死よりも報道などによって情報が得られやすいことが影響していると説明されているが、殺人事件が報道で知られるのであれば、棟外の周辺物件にも影響が及ぶ可能性もあり、かえって棟内だけが有意に下がることに違和感がある。
 棟内だけで賃料が下がるのであれば、それは物件のセキュリティが低いから、という可能性はないのだろうか。経過年数に応じて元の水準に回復するとされるが、時間をかけてセキュリティを改善させてきた可能性も考えられる。例えば、オートロックでなかったために殺人事件が起こったのであれば、事件後、オートロックを設置して物件価値を高めるなどの対応がとられたかもしれない。こうした物件属性のコントロールが十分になされたか、確認する必要があると思われる。(S・H)
価格(税込) 786円 在庫

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