季刊 住宅土地経済の詳細

No.126印刷印刷

タイトル 季刊 住宅土地経済 2022年秋季号
発行年月 令和4年10月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1住宅性能表示制度に注ぐ多様なまなざし眞鍋純
特別論文2都市の衰退と再生黒田達朗
論文10学校の質に関する情報の公表が不動産市場と居住地選択に与える影響黒田雄太
論文20都市防災整備の便益評価安田昌平・河端瑞貴・直井道生
論文28空き家の発生と利活用の要因分析金山友喜・定行泰甫
海外論文紹介36都市開発のアナウンスメントとその中止が住宅価格に及ぼす時空間効果大島叶海
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ノート
季刊 住宅土地経済 2022年秋季号 №126エディトリアルノート
 今号においては、住宅土地経済の研究に貢献するだけでなく、持続可能な開発目標(SDGs)を達成するうえでも極めて実践的な3本の実証論文が投稿された。

開発目標4:質の高い教育をみんなに
 小学生を持つ親にとって、子供が質の高い教育にアクセスできるかどうかは大きな関心事であろう。教育の質を観察することは容易ではないが、学校レベルの学力テストの結果はそれを代理する情報かもしれない。この学力テストの点数の結果を2014年に一部の自治体が公表するようになった。実際に親が学校の質を考慮して子供の学校を選択しているならば、公表によって点数の高い学校への入学や転学が増えるだろう。しかし、学校選択制を導入していなかったり、導入後に廃止したりする自治体も少なくない。このようなとき、どのような行動をとれば、親は子供に質の高い教育を受けさせることができるだろうか?その回答の一つが校区に住まいを構えることであろう。Kuroda(2022)を紹介した黒田論文(「学校の質に関する情報の公表が不動産市場と居住地選択に与える影響」)は、実際に家計がこのような行動をとったかを実証分析した研究である。
 黒田論文の特徴は、家計レベルの転居データではなく、不動産データを用いてこの点を確認できることを示した点にある。すなわち、家計が点数の低い校区から高い校区に引っ越すことが可能であれば、点数の高い校区の家賃は上昇し、点数の低い校区の家賃は低下することになる。黒田論文では学力テストの結果を公表した自治体の一つである松江市に注目し、点数の公表後の校区内の家賃が、公表前に比べて、変化したかを実証分析する。
 推計の結果、点数の公表は点数の高い校区の家賃を上昇させることが確認された(点数が10点上昇すると、家賃が0.5%から0.6%上昇)。また、点数の公表は、点数の高い校区の小学校入学年齢(7歳)の人口を増やすという、家賃の動きと整合的な実証結果も紹介されている。
 分析結果は、賃貸住宅市場を通して親が学力テストの公表に反応することを明らかにしている。しかし、果たしてこれが良いことなのか悪いことなのかは判別されていない。学力の高い子供は、周りの子供に対して知識を伝搬する力を持つため、学力の高い子が集まる学校の子供はさらに学力を伸ばし、集まらない学校との学力差が一層拡大する懸念がある。このような問題を解決するには、学校間の点数のばらつきを押さえる工夫が必要だろう。ばらつきが小さくなったという情報公開は、住まいを構える場所を変えずに、良質な教育にアクセスできる機会をすべての子供に与えることを意味する。

開発目標11:住み続けられるまちづくりを
 東京都のような住宅が密集している地域では、地震後に一度火災が発生すると、甚大な被害をその地域にもたらす。その被害は当該密集地域にとどまらず、周辺地域にも影響を及ぼすことも懸念される。このようななか、東京都は建築物の不燃化、オープンスペースの確保を通じて、木造住宅密集地域に代表される危険地域の解消を目的とした防災整備を進めてきた。この防災整備に伴う地震リスクの軽減の便益は土地市場を通じて土地価格に影響するはずである。Kawabata, Naoi and Yasuda(2022)を紹介した安田・河端・直井論文(都市防災整備の便益評価――地価の空間パネルデータ分析)は、この仮説を定量的に分析したものである。
 安田・河端・直井論文では、5段階にランク付けされた地震に関する地域危険度(建物倒壊危険度、火災危険度)が地価に与える影響を分析している。推計結果は仮説を支持するものとなった。2指標とも、地域危険度ランクが下がると(地域がより安全になると)、地価が上昇することを確認したのである。
 上にも述べたように、地域危険度の軽減の便益は、軽減された地域のみならず、周辺地域にも便益をもたらすかもしれない。安田・河端・直井論文の推計の特徴は、この空間的な波及効果も捉える工夫を凝らしている点にある。推計の結果、火災危険度については空間的な波及効果が認められるが、建物倒壊危険度はそれが認められないことが明らかになった。これは、建物の火災は周辺地域にも甚大な影響を及ぼすが、建物の崩壊は当該地域への影響にとどまることを意味するからである。
 安田・河端・直井論文では、地域危険度の代わりに、密集市街地の解消が地価に与える影響も分析している。実際、東京都の木造住宅密集地域の面積は防災整備に基づき大幅に減少された。推計の結果、密集市街地の解消は当該地区の地価を上昇させるだけなく、周辺地域の地価も上昇させることが明らかになった。この推計結果をもとに東京都の密集市街地解消の便益を計算すると、それは約3630億円にのぼるとされる。この便益の大きさは、空間的な波及効果を含めない場合に比べて、3倍ほど大きくなる。
 家計は、正しい危険度を認知すれば、それを回避する行動を取るだろう。しかし、それが周辺に与える影響までを把握できる家計は少ない。このため、各家計が見積もる減災の便益は過小になり、延いては周辺地域を含む地域の減災整備も過小になる。安田・河端・直井論文は、まさに空間的波及効果を持つ火災危険度の低下や密集市街地の解消が、まちづくりの観点から高い便益を生み出すことを明らかにした。住み続けるまちづくりのためにも、効果の高い減災政策が求められる。

開発目標12:つくる責任 つかう責任
 新築住宅が好まれ、既存住宅はあまり注目されないような環境では、既存物件の売却相手を探すことに一苦労するだろう。このため、買い手の見つからない空き家が増大していると言われるが、中には売買契約が成立する既存物件も存在する。このような物件は、売却されない物件、すなわち空き家になる物件、と何が異なるのだろうか?Kanayama and Sadayuki(2021)を紹介した金山・定行論文(「空き家の発生と利活用の要因分析―東京都豊島区を事例として」)はこの疑問に回答する実証論文である。
 金山・定行論文では2度にわたって実施された豊島区の空き家実態調査(調査員による現地調査)を活用し、2つの検証を試みている。
 1つ目は、同じ時期に売却された物件(国土交通省不動産取引価格情報)と空き家として登録された物件の差異の検証である。推計の結果、狭小地に建つ物件、接道幅員4m未満の物件、接道間口2m未満の物件、木造物件が空き家になる確率が高くなることが確認される。
 2つ目は、1度目の調査で空き家として記録された物件のうち、2度目の調査でも空き家状態が続いた物件と2度目の調査では空き家状態が解消された物件の差異の検証である。分析の結果、空き家状態が続くのは、狭小地に建つ物件や廃屋状態の物件であることが明らかにされる。
 以上が示すことは、立地環境を含めた品質が悪い物件ほど、売却・利活用されない傾向にあるということである。そして、このような物件は買い手の改修費用や再建築費用を考えると価格をさらに引き下げる余地があると指摘する。
 この結果は、本誌125号に掲載された武藤・鈴木論文(「広告掲載価格と成約価格の乖離について:わが国の住宅価格形成における検証」)と整合的である。武藤・鈴木論文によると、売却による損失を回避したい売り手は、売却価格を過大に設定する傾向にあるとされる。さらに、その傾向は低価格帯の物件を中心に強まり、品質が悪い物件が売れ残るとされる。
 住宅土地を次の使い手に引き渡す意味でも、売り手に何らかの誘因を与えることが求められる。ただし、品質が悪い物件の中には、価格をいくら下げても(価格がゼロに達しても)、買い手の改修費用や再建築費用をまかなえず、空き家状態が解消されないかもしれない。この場合は、マイナスの価格(買い手が売り手から金銭を逆に受け取るような価格)を許容することが売り手の責任になる。(S・I)
Kuroda, Y.(2022)\_c00672What Does the Disclosure of School Quality Information Bring? The Effect through the Housing Market,\_c00673Journal of Regional Science, Vol.62, pp.125-149.
Kawabata, M., M, Naoi, and S, Yasuda(2022)\_c00672Earthquake Risk Reduction and Residential Land Prices in Tokyo,\_c00673Journal of Spatial Econometrics, Vol.3, pp.1-22.
Kanayama, Y., and T, Sadayuki(2021)\_c00672What Types of Houses Remain Vacant? Evidence from a Municipality in Tokyo, Japan,\_c00673Journal of the Japanese and International Economies, Vol.62, 101167.
価格(税込) 786円 在庫

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