季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2023年秋季号
発行年月 令和5年10月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1抜本的見直しが必要な公的住宅金融大垣尚司
特別論文2‐7コロナ禍の東京圏内における人口移動倉橋透
論文10₋19海外投資家と国内投資家の不動産投資価格宮川大介
論文20₋27既築住宅と新築住宅への太陽光発電導入に電気料金が与える対照的影響 木曽貴彦
論文28-35大規模な空間データを用いた住宅賃料の空間予測吉田崇紘・村上大輔・瀬谷創
海外論文紹介36-39組織構造および都市の雇用密度と企業内の賃金格差 小谷将之
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 今号では、住宅土地経済に直接的あるいは間接的に大きな影響を与える要因、および機械学習を活用して不動産市場の予測手法を検討した3本の論文を掲載している。

 不動産は国際金融市場における主要な投資対象の一つであるが、海外投資家による資本フローが資産価格の変動を引き起こすという仮説に対しては統一された実証的合意が得られていない。投資家と不動産物件との間における地理的距離に着目して、この仮説を検証した宮川論文(「海外投資家と国内投資家の不動産投資価格:取引レベルの高粒度データを用いた実証分析」)は、クロスボーダーの不動産投資を含むユニークな取引レベルの⾼粒度なマイクロデータを⽤いることで、外国⼈投資家が不動産市場においてどのような役割を果たしているかを実証している。
 2005年から2015年の期間の取引レベルの不動産投資データで、オーストラリア、カナダ、フランス、香港、日本、オランダ、英国、米国の8カ国(地域)の大都市における不動産投資を対象とし、不動産物件の属性情報だけでなく、物件の買い手投資家と売り手投資家についての情報も含まれる。
 宮川論文は、買い手の特性およびその他の取引特有の要因が取引価格へ及ぼす影響を推定している。宮川論文は買い手の特性を表す変数として、投資家と売買物件の所在地距離が離れるほど、買い手と売り手の間の情報の非対称性が大きくなり取引価格が高くなると想定して採用した海外投資家ダミーを使い、1つの国のバイヤー間では情報共有があり、情報の非対称性が大きい不動産の場合は投資による学習効果が情報の非対称性の程度を小さくすると想定し、海外投資家の「投資による学習」の代理変数として物件所在地別に計算した海外投資家の国別累積投資額を採用していることに特徴がある。
 実証分析からは、投資物件や取引主体のさまざまな要因を考慮したうえで、(ⅰ)海外投資家は国内投資家よりも高い価格(ある種の「高値掴み」)を支払っていること、(ⅱ)その価格差は買い手の物件所在国への過去の投資エクスポージャーが大きいほど小さくなる傾向があることが実証された。(ⅰ)(ⅱ)の結果から、宮川論文は海外投資家が現地の不動産市場に関する情報を十分に有していない場合、情報の非対称性から支払価格が上昇すると傾向があり、海外投資家の投資情報が自国内で情報共有されて、情報の非対称性の程度が低下することで、海外投資家と国内投資家の投資価格差が縮小すると解釈している。またリピートセールス・アプローチを採用した追加分析からは、(ⅲ)海外投資家の高値掴みが国内投資家の取引価格に及ぼす波及効果は有意に確認できていないとしている。この結果は、国際的な資本フローが不動産市場に与える影響が限定的であるという集計データを用いた既存研究と整合的である。宮川論文は海外投資家による資本フローが不動産価格の変動を引き起こさないという文献へ追加的な実証的発見を提供しているが、例えば、投資経験が乏しい場合や不動産供給の弾力性が低い場合などのより詳細な検討が必要である。この観点から本研究の今後のさらなる発展に期待したい。

 建築物におけるエネルギー消費は世界の最終エネルギー消費の3割以上を占めており、建築物への省エネ機器の普及は低炭素経済への移行のための重要な課題である。CO2排出量の大幅削減が比較的低コストで可能とする省エネ機器導入と既築・新築の関連性に注目した木曽論文(「既築住宅と新築住宅への太陽光発電導入に電気料金が与える対照的影響」)は、住宅用太陽光発電導入に関する都道府県パネルデータを用い、導入件数を電気料金などの要因で説明する固定効果モデルを既築・新築それぞれについて実証している。木曽論文は、電気料金という金銭的誘因が既築と新築への導入件数へ及ぼす影響が異なる根本的な原因が、新築への太陽光発電設置は住宅購入とほぼ同時に行なわれるのに対して、既築は大部分が住宅購入とは独立に行なわれることにあると考えている。
 データは2009年第1四半期から2014年第1四半期までの21期間の太陽光発電導入補助金への申請件数(都道府県別)を被説明変数とし、電気料金の変化から家計の太陽光発電導入の意思決定までの時間差を考慮した1期ラグ付きの電気料金や都道府県からの導入補助金などを説明変数として採用している。また電力料金は小売物価統計調査に基づき計算した四半期別時系列データを採用している。分析期間が家庭向け電力市場の自由化が進む以前であることから、家計は各地域の同一の電力会社と契約しており、電力料金は各地域の電力の限界価格である。電気料金と省エネ投資の間には同時決定的な関係があることから、電気料金は潜在的内生変数となる。木曽論文はこの内生性の問題に、各電力会社の発電コストに関する2種類の操作変数を用いた二段階最小二乗法で対処している。
 実証分析からは(ⅰ)既築への太陽光発電設置は新築と比べて、電気料金の変動に対する感応性が高く、この結果は内生性の問題の考慮の有無にかかわらず得られるが、(ⅱ)内生性の問題を考慮しない場合、電気料金の影響が40~60%程度の過小評価が生じることが実証された。特に、(ⅰ)の結果は既存研究では得られていない新しい知見であり、弾力性に換算すると、既築が1.73、新築が0.49と、3倍以上の開きが確認された。また木曽論文は、電気料金という金銭的誘因が既築と新築への導入件数へ及ぼす影響が異なる理由を行動経済学の相対思考や太陽光発電に関する情報の不完全性に求めている。
 いずれにしても既築への太陽光発電設置は新築と比べて、電気料金の変動に対する感応性が高いことの政策的含意は、太陽光発電などの省エネ技術導入を促すための金銭的補助政策はこの感応性の違いを考慮して、既築と新築で一律に補助するのではなく、既築に対する補助を優先することで、同額の補助金予算でより多くの導入を達成できるということである。この観点から本研究の今後のさらなる発展に期待したい。

 人工知能を用いてオンラインで不動産の価格査定を提供するサービスの人気が高い。その理由は、消費者の観点からは事業者と消費者間の不動産取引に関する情報の非対称性のある程度の改善が期待されること、仲介業者の観点からは査定コストの低減と透明性の向上が期待できることにある。このため、大量の物件データと統計学や機械学習(ML)を活用した不動産の販売・賃料価格の高い精度の予測手法は事業者や消費者を支援する手段として期待されている。吉田・村上・瀬谷論文(「大規模な空間データを用いた住宅賃料の空間予測」)は、伝統的な回帰ベースの手法と近年注目されているMLベースの手法を用いて、不動産の価格推定の精度を比較検証した論文である。回帰ベースの手法は予測だけでなく、個々の説明変数の有意性検定にも使用できるが、MLベースの手法は説明変数の有意性検定が有効でない。しかし、予測精度のみに注目すると、回帰ベースの手法はデータの非線形性を捉えることが可能なノンパラメトリックな関数を適用しても不十分との指摘がある。また不動産の販売・賃料価格の予測には説明変数として近隣の質などを考慮する必要があり、データに内在する空間依存性を考慮することが重要であるとの指摘がある。吉田・村上・瀬谷論文は、大規模なデータを用いて、回帰ベースとMLベースの賃料価格予測モデルを比較し、またそれらと空間依存性の考慮したものを比較して、賃料価格モデルの予測精度を検証している。
 データは国立情報学研究所が研究者に提供しているLIFULL HOME’Sデータセット(全国約533万件)をベースに、各予測モデルの異なる標本オーダーにおける予測精度を比較検証するため、全データから104、105、106の3つのオーダーの標本を無作為抽出し、これらのうち80%を訓練データ、残り20%を検証データとして用い、予測精度の評価指標には平均絶対誤差や平均二乗誤差、平均絶対パーセント誤差を採用している。予測手法としてはOLS、大規模データに対応したクリンギング法であるNNGP、MLベースの手法を用いてDNN(deep neural network)、RF(random forest)、XGBoost(extreme gradient boosting)を検証している。
 検証からは、回帰ベースの手法は説明変数の有意性検定の観点からは利があるが、MLベースの手法、特にXGBoostは純粋な空間予測目的では高い推定精度であることが確認された。また空間依存性を考慮する方法の比較からは説明変数に単に空間座標を追加することが有効なモデル選択になり得ることも確認された。不動産市場データは大都市や地方都市、不動産種類、賃貸・売買などさまざまなサブセットが利用可能であり、サブセットによっては最適な予測手法が異なることも予想される。この観点から本研究の今後のさらなる発展に期待したい。(F・T)
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