季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2024年春季号
発行年月 令和6年04月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1マンション建替え等による安心・安全なまちづくり吉田淳一
特別論文2-7輸送網の整備が都市の空間構造に及ぼす影響の研究高橋孝明
論文10-19住宅資産デフレがコンパクトシティ推進の新たな障壁となる可能性宇都正哲・中川雅之
論文20-27都市部に散在する緑の価値黒田雄太・菅澤武尊
論文28-35働き方の多様化と住宅市場の変化に関する研究石井健太朗・小谷将之
海外論文紹介36-39交通インフラ投資による広範な経済効果の推定増田悠人
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 今号に掲載された3編の論文は、少子高齢化やCOVID-19の影響など都市のダイナミックな変化や都市機能の果たす役割に焦点が当てられており、いずれも今後の都市政策に対して示唆に富んだものとなっている。

 日本の家計における資産ポートフォリオは、住宅・土地資産の占める割合が大きく、高齢者ほどその比率が高くなる。近年、こうした住宅資産を老後の資金として流動化させるため、売却による小規模な住居への住み替えや、リバースモーゲージといった手段が注目を集めている。ただしこうした住宅資産の流動化策は、住宅が価値を維持することが前提となる。人口減少による都市の縮小やコンパクトシティ政策は、都市郊外への住宅需要の減少をもたらすため、郊外での住宅資産価値は減少する。宇都・中川論文(「住宅資産デフレがコンパクトシティ推進の新たな障壁となる可能性」)は、人口減少下における都市縮退と住宅資産価値の関係について住宅資産価値の将来推計によって検証し、その変化が高齢者世帯の生活にどのような影響を与えるか、ケーススタディを行なっている。
 検証に当たっては、まず住宅資産価格の推計を行なっている。対象は、東京大都市圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の209市区町村)であり、これらの地域は、毎年平均して250万人が減少し、2045年には高齢化率が30%を超えると予想されている。人口成長率をベースに将来の住宅価格を予測し、1984~2045年の住宅資産価格の予測値を算出している。
 その結果、東京大都市圏全体で2045年までに約94兆円の資産デフレが発生することが示された。空間的分布をみると、通勤時間が60分以上のエリアで資産デフレの傾向が大きく、郊外部の住宅資産価値の減少が顕著となっている。同様の傾向は1世帯当たりの住宅資産価値でもみられ、通勤時間が90分以上になると特に資産デフレの様相が強くなる。ケーススタディでは、高齢者世帯の資産デフレを考慮した生活収支額をモデル世帯ごとに算出し、介護サービスの利用状況に応じた検証を行なっている。その結果、資産デフレの発生によって特に介護施設利用するケースで老後の資金がショートする可能性が高いことが示されている。
 住宅資産デフレにより十分な価格で住宅売却ができなければ、介護施設の入居資金が準備できず、在宅介護を選択せざるを得なくなる。宇都・中川論文の検証結果は、経済的な移転制約が居住地の選択に大きな影響を与えるため、コンパクトシティ政策の立案に際して高齢世帯の経済的側面を重視する必要性を示唆するものである。
 気になるのは、人口減少および資産デフレは、地方都市圏のほうがより深刻で、すでに問題が顕在化している地域もあることである。地方都市圏において現在何が起きているかを検証することは、宇都・中川論文の主張を強固なものにするうえでも重要だと思われる。また、宇都・中川論文の分析は2018年までのデータに基づいている。コロナ禍における在宅勤務の普及を織り込んだ場合に本研究の分析がどう影響を受けるのかは興味深い。

 都市部の緑地は都市住民に対しさまざまな恩恵もたらす一方、公共財的な性質を持つため、適切な供給を維持するためには緑化政策が求められる。その政策介入の根拠として、都市緑地と不動産価格の関係を検証した研究が蓄積されているが、その多くは、公園や森林などの「一定規模の緑(まとまった緑)」を対象としており、街路樹や植樹帯のような「散在する緑」の評価はほとんど明らかになっていない。黒田・菅澤論文(「都市部に散在する緑の価値」)は、こうした散在する緑の評価影響についての検証を行なっている。黒田・菅澤論文では、街路樹レベルで特定可能な高解像度の衛星画像を用いて、散在する緑のGISデータを作成しヘドニックアプローチにより街路樹や庭木の価値を検証している。
 分析では、売買マンションと賃貸マンションのそれぞれのデータを用いて、東京都世田谷区と杉並区における散在する緑に対する選好の異質性が考慮されている。散在する緑の指標としては、物件の所在から100mごとの同心円を作成しその面積に占める散在する緑の割合(緑被率)を用いている。
 主要な分析結果では、物件から100m以内の散在する緑地が増加すると、マンションの売買価格が有意に増加する一方で、賃貸マンションの家賃に与える影響は小さいことが示されている。こうした異質性の理由としては、売買物件と賃貸物件の立地の違い、建物の質の違い、居住者の特性の違いが考えられる。
 そこで、物件特性の違いを考慮し、住宅価格や家賃水準、住宅規模、高速道路からの距離、東京駅からの距離といった区分で分割したサブサンプル分析も行なわれている。住宅価格や家賃の水準によってサンプルを分割した推定では、主要な分析結果と異なり、高価格帯の物件において売買・賃貸のいずれも緑地の影響が高く、その影響は最近のデータでより強いことが確認された。この結果は、経年的に居住地の選別が進み、緑地に対する選好の高い高所得層とそうでない低所得層の二極化が進んだこと、また良質な物件と緑地の両方が多く供給されるという同時性が生じている可能性を示唆する。実際、追加分析では売買・賃貸のいずれも散在する緑地が多いほど物件の規模も大きくなることが確認されている。
 高価で質の高い物件のまわりに緑地が存在し緑地の影響が経年的に強くなっているという一連の分析結果は、環境ジェントリフィケーションの可能性を示唆するものである。黒田・菅澤論文は、大規模で地理的に偏在する都市緑地の整備ではなく、小規模で存在する緑の整備がこうした問題の一つの解決策となりうることを示しており、政策的示唆に富んだ研究となっている。ただし、ジェントリフィケーションの問題をより詳細にとらえるためには、物件データによる検証では限界がある。個人レベルの詳細な情報を活用した発展的研究にも期待したい。

 COVID-19のパンデミックに伴う「緊急事態宣言」のもとで2020年以降、多くの企業が出社制限に踏み切った。このことは、日本における在宅勤務の導入を大きく促進した。石井・小谷論文(「働き方の多様化と住宅市場の変化に関する研究」)では、通勤時間と住宅に対する選好の変化を通じて、COVID-19の流行と在宅勤務(WFH)の普及が居住地選択に与えた影響について検証している。
 石井・小谷論文では、理論的な検証として、単一中心都市モデルを用いて、パンデミックによる鉄道通勤時の感染リスクとWFHの普及という2つの要因が居住地選択に与える影響について考察している。比較静学の結果、COVID-19の感染拡大は、通勤の機会費用の上昇を通じて都心から距離の賃料への負の影響が拡大することが確認された。このことは、都心への近接性が重視され、都市サイズを縮小・高密度にする可能性を示唆するものである。一方、WFHの普及は通勤回数の減少を通じて都心からの距離の影響を小さくする、すなわち都市サイズを拡大・低密度にする可能性が示されている。
 理論的検証を踏まえた実証分析においては、パンデミック前後における消費者の住宅に対する選好の変化を観察するため、住宅賃料に対するヘドニック分析が行なわれている。分析対象は、2011年1月~2021年10月に、埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県で取引された賃貸マンションである。COVID-19の流行と都市への近接性の影響を測るため、コロナ後ダミーとCBD距離の交差項が導入されている。WFHの情報をとらえるため、市区町村ごとの産業別在宅勤務者割合をもとにWFH指標を導入している。WFH指標が高く生産性が高い地域では相対的に居住コストが高く、WFHの普及より通勤費用から解放されると、郊外の広く低価格な住居に移住する可能性が高まる。
 分析の結果からは、コロナ禍後では賃料の下落がみられ、経済活動の停滞などを背景に住宅への支払い意思額が低下したことが確認された。また、住宅面積に対する選好は上昇する一方で、CBDからの距離による賃料の下落が緩やかになっており、CBDへの近接性に対する選好が弱まり郊外のより広い住宅を選ぶ傾向が確認されている。WFHポテンシャルが高い地域は、コロナ禍後に賃料が上昇したことが確認された。こうした地域では、所得が高い就業者が多く在宅勤務普及の影響を受けずむしろ良好な周辺環境等から成約賃料が上昇したと解釈されている。
 石井・小谷論文では、コロナ禍を通じた在宅勤務の普及が賃貸住宅市場に与えた影響について大規模データを用いて、ていねいに分析されており、パンデミック後における郊外化の動きが確認されたことは大きな貢献である。一方で、感染リスクと在宅勤務変数の識別戦略には改善の余地があると考えられ、コロナ禍後の状況を踏まえた分析などと合わせて今後のさらなる発展的研究に期待したい。
(N・Y)
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