季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1997年夏季号
発行年月 平成9年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言新たな住宅政策の課題下河辺淳
特別論文住都公団の民営化が意味すること黒川和美
研究論文不動産のタックス・シェルター効果岩田一政
研究論文フランスの政府による住宅信用供与システム吉野直行・F.ロバート
研究ノート家計の住宅選択行動のモデル化坂下昇
海外論文紹介固定資産税の賦課が土地開発に与える効果足立基浩
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 本号は、大変バラエティに富んでいる。日本の不動産にどの程度「節税」効果があったかについてのていねいな実証分析があり、フランスの郵便貯金制度の解説・評価がある。さらに住宅選折行動モデルの精緻化とその実証研究の紹介がある。このように多彩な内容は、最近の住宅・土地経済学が、単に住宅・土地に視野を限定することなく、広範なマクロ経済的な関係にその分析を広げていること、そして住宅・土地の経済分析の分野でも、ますます精緻な分析とていねいな実証が内外で進んでいることの証左となっている。
 
 不動産を巡るさまざまな税制上の優遇措置が、個人または法人の土地保有に関する行動をゆがめて、地価形成に大きな影響を与えたという指摘が、過去にさまざまな視点からなされてきた。しかしながら、税制の複雑さや、税制の影響を定量的にとらえる難しさから、こうした税制上の優遇措置が定量的にどれほどの重要性を持ったかを、実証的に分析した研究は少なかったのが実状である。
 岩田論文(「不動産のタックス・シェルター効果」)は、この理論、実証上の真空を埋めようとするきわめて野心的な論文である。方法論としては、最適保有期間や資本コストを計測することで、間接的に償却可能な不動産所有(特に賃貸住宅所有)が、日本の税制のもとで、どれだけの税負担軽減効果があったかを推計しようとするものである。ただし、岩田論文がはっきりと断っているように、(相続税の場合を除いて)償却不可能な土地を、最初から分析の対象外としていることに、あらかじめ注意する必要がある。
 賃貸住宅保有に伴う税負担軽減効果、いわゆる節税効果は、一般に(1)減価償却費用や利子費用が所得控除されることによる所得の限界税率の低下、(2)売却時のキャピタルゲインに対する実効税率が低いこと、(3)減価償却費用が、取得時には取得額で評価され、売却時には市場価格で評価されること、の三つの経路があるといわれている。岩田論文は、日本の税制にもこの三つの経路があることを示し、さらに分離課税の影響があること、そして「特例」の影響、特に?事業用資産の買い換えの特例、?減価償却についての割増償却制度、?特定優良賃貸住宅制度、が重要になっていることに着目する。
 まず、不動産保有による節税効果が最大になるのは、その割引現在価値が最大になるときであるということに着目し、賃貸用住宅資産の最適な保有期間をいくつかの場合に分けて検討している。結果は、日本の平均的な家計の場合には、法定耐用年数にほぼ近い最適な保有期間が導出されている。この性質はインフレ率にはそれほど影響されない。これと対照的に、法人の場合の最適保有期間は法定耐用年数の半分以下である。
 このことから、日本の平均的な家計にとっては、賃貸用住宅資産の節税効果は大きくないことがわかる。これに対して、法人の場合の節税効果は大きい。このことは資本コストの計測からも裏付けられている。このように、一般の家計にとって節税効果は小さいが、同時に分析は、年間所得が1,200万円を越える家計にとっては節税効果は相当大きいことを示している。そうした家計にとっては、「特定優良賃貸住宅」に関する「割増償却制度」や、「事業用資産の買い換え特例」は大きな節税メリットがあったことになる。
 岩田論文はさらに進んで、1987年の事業用資産の買い換え特例の変更と1988年の居住用資産の買い換え特例の変更の影響も、定量的に分析している。いずれの場合も資本コストに与える効果は小さいというのがこの論文の結論である。
 このように、得られた結果から見れば、法人に比べれば一般的な家計の場合には、税制上のさまざまな特例の効果はさほど大きくないということになる。しかし同時にその効果が高所得層には大きいことも明らかにしており、税制上の優遇措置が所得・資産分配上、高所得層優遇であり、法人優遇であるという性格を持っていたことを明確にしている。
 しかしながら、不動産への税制上の優遇措置の影響の全体像をとらえるためには、土地、特に農地に対する優遇措置の影響を含めて考える必要があるだろう。過去のさまざまな試算では、税制の影響は減価償却資産についてはさほど大きくなく、土地、特に農地について巨大であるという結果が出ている。今後、この面を含めて、岩田論文に続く総合的な分析が必要と考えられる。
 
 現在、財政投融資を巡る論議が活発化している。そのなかでも郵便貯金制度を巡る議論は、しばしば白熱していると形容してもよいような状態である。民業圧迫であるという非難が一方であれば、そこで調達された資金が低所得層に対する住宅建設といった重要な使命を果たしている、という擁護論もある。しばしば感情的な議論が目立つ現在、日本を少し離れて、問題を国際的なコンテクストで眺め直すのも必要かも知れない。
 吉野=ロバート論文(「フランスの政府による住宅信用供与システム」)では、日本と類似の制度を持ったフランスの制度が詳しく紹介されている。その力点は、フランスの郵便貯金を中心とする資金が、どのように住宅建設へと振り向けられているのか、に置かれている。
 日本の郵便局と同じように、全土に1万7,000もの店舗網をもつフランスの郵便局は、普通預金と貯蓄性預金を集めている。日本と比べて特徴的なのは、低所得層の小切手支払いのための、普通預金口座が多いことであるという。さらに預金金利が規制されているので、利便性に優れた郵便局に大きな預金吸収力があるとのことである。
 普通預金はすべて財務省に預け入れられ、財政支出に回される。これに対して貯蓄預金は、わが国の大蔵省資金運用部に類似した預託金融公庫に預けられる。日本との違いは、民間金融機関の預金の一部も預託金融公庫に預託されている点である。
 吉野=ロバート論文は、このうち郵便局、民間銀行、貯蓄銀行で集められたA通帳貯蓄性預金、相互信用金庫のブルー通帳貯蓄性預金が低所得層のための集合住宅へ向けられることに注目する。預託金融公庫は集合住宅の家賃を受け取り、それを利子支払いに充てる。ただし一般会計からの補助金もあるが、その補助金額が国民にはっきりわかっていることを強調する。
 こうしたフランスの郵便貯金の制度を日本のシステムと比較した場合、明確に低所得者層を目的とした集合住宅が建設されていること、そして補助金の額が国民にわかる仕組みを持っている点が特徴的である。ただ、フランスにおける住宅政策が、日本と比べて本当に成功しているといえるかどうかには、若干の疑義がある。吉野=ロバート論文を出発点として、こうした比較政策研究の定量的な分析の進展が望まれるところである。
 
 家計の住宅選択行動は、複雑な選択のプロセスを含んでいる。それをどのように定式化するか、そしてそれをどのように統計モデルとして推計するかについては、長い研究史があり、現在でも誰もが納得するような方法が確立されているとはいいがたい。
 坂下論文(「家計の住宅選択行動のモデル化」)は、グラスゴー大学住宅都市研究センターでの、この分野での最近の研究の紹介である。この研究の前半では、住宅の相互異質性、不完全情報を考慮に入れながら、住宅選択行動を逐次決定過程として定式化している。しかしそうした逐次系列は、しばしば用いられる離散的選択モデルで想定されている逐次系列とは異なることも示している。
 この研究の後半は、離散的選択モデルに基づく実証研究である。離散的選択モデルには多項プロビットモデル以下いくつかの可能性があるが、ここでは多項ロジットモデルと、入れ子型多項ロジットモデルが採用されている。そして地域家計調査のデータを使い、こうして構成されたモデルの説明カを比較評価している。
 結果は、より簡単な多項ロジットモデルのほうが、複雑な入れ子型多項ロジットモデルよりも当てはまりがよいと出ている。そして分析は、実証分析の結果が、理論モデルよりは、データの性格に大きく依存する、ということを明らかにしている。したがってこうした分析の際には、データについての慎重な吟味が必要である。(N)
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