季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1997年秋季号
発行年月 平成9年10月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言都市再構築に総合的な施策を宮繁護
特別論文行財政改革と住宅政策日端康雄
研究論文中古住宅市場の機能と建築コスト山崎福寿
研究論文土地収益率と地域間情報伝達井出多加子
研究論文英国の住宅産業における構造変化に関する分析大場雄一
海外論文紹介自己組織化経済櫻井英樹
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ノート
 本号は、日本における中古住宅市場、土地市場の情報伝達構造の分析、イギリスにおける住宅産業の企業集中過程の分析と多様であり、住宅土地政策に対しても示唆に富む論文が掲載されている。とりわけ土地収益率の計測を通じて資産としての土地のミクロ的な市場構造を明らかにしようとする試み(井出論文)は先進的であり、得られた結果も極めて興味深い。
 
 現在、定期借家権導入の可否をめぐって議論が活発に行なわれている。かりに定期借家権が導入されれば賃貸住宅に関する投資効率の計測が容易となり、良質の賃貸住宅の供給が増加することが期待される。良質の賃貸住宅の供給が行なわれるようになると、賃貸住宅市場の役割と機能が高まることになろう。資産市場としての中古住宅市場は、賃貸住宅市場に代替する機能をもっているが、日本では資産市場、賃貸市場のいずれも十分に機能してこなかった。
 山崎論文(「中古住宅市場の機能と建築コスト:日米比較」)は、日本の新築住宅の建設コストがなぜ高いのか、またそれと関連して中古住宅市場がなぜ発達しないのか、その要因を分析している。まず第1に、日本で一戸建て住宅の建築コストが高いのは、(よく指摘されることではあるが)注文生産によることが多いために部財の標準化が進まず、生産における規模の経済性を発揮することができないからである。日本の新築住宅の8割は注文住宅であるが、アメリカでは9割が建売住宅である。中古の注文住宅は標準化された中古の建売住宅よりも情報の非対称性が大きいことを考慮すると、中古住宅市場の発達を阻害する要因のひとつであると考えることができよう。
 さらに山崎論文は注文住宅の比率の高さのみならず、中古住宅市場が機能不全の状態にあるために建築コストが高まっているとの見方をしている。日本では賃貸住宅市場が借地借家法の存在によって十分に機能していないので、賃貸住宅市場の取引に代替する資産市場における売買、すなわち中古住宅市場の役割がより重要になるのであるが、この市場も十分機能していない。流通量の住宅ストックに比べた日本の流通在庫比率は、アメリカの十分の一程度でしかない。中古住宅市場が十分に機能していないために、維持補修を行なって資産価値を高めようとするインセンティブが奪われており、維持補修のための投資比率も低くなっている。
 中古住宅市場を機能させるためには、中古住宅に関する情報の非対称性を取り除くことがなによりも重要である。山崎論文は、情報の非対称性を克服するために八田教授の推奨する「建築物登録制度」や「瑕疵保険制度」の創設を支持している。さらに借地借家法が住居の円滑な移動を困難にしていることを通じて、中古住宅市場の発達を阻害していることに着目し、中古住宅市場が整備されることによって、新築住宅が注文住宅から建売住宅へとシフトするはずであると論じている。ただし、注文住宅自体の部財の標準化、ならびに建売住宅の多様化の余地は、近年の情報技術の進展によって大きくなっていると考えられるので注文住宅と建売住宅とは次第に収束していく可能性もある。
 
 バブルの時期に土地価格の地域間波及が観察され、土地市場の情報効率性がどの程度存在するのか多くの議論が行なわれてきた。井出論文(「土地収益率と地域間情報伝達:首都圏住宅地ミクロデータによる分析」)は土地収益率を計測し、土地市場のミクロ的な情報構造を明らかにしようとする優れた論文である。まず、土地の収益率を全国宅地建物取引業協会連合会の調査によるミクロパネル・データを用いてヘドニック関数に基づいて推定する。この計測結果によれば、東京駅から最寄駅までの鉄道距離が1%拡大すると地価は0.54%下落し、最寄駅からの徒歩距離が1%拡大すると0.06%地価が下落する。ただし、山手線内、東海方面は地価の下落幅は他の地域と比べるとより小さなものとなっている。これに対して建物面積が1%拡大すると地価は0.15%上昇し、所得が1%増加すると地価は1.15%上昇する。バブル期(1988?90年)とその後の時期(1991?95年)では構造変化がみられるが、特に所得に対する地価の弾性値はバブル期に1.23とその後の時期の0.99より高いものになっている。井出論文は、計測期間(1988?95年)を平均してみれば住宅は上級財であり、バブル期にはより質の高い物件をより高く評価する傾向があったとしている。
 さらに土地市場が情報効率的であるかどうかを検証するために土地収益率をインカム・ゲインとキャピタル・ゲインに分けて計測している。インカム・ゲインは地代のデータが利用可能でないため一戸建家賃を『週刊住宅情報(賃貸版)』のデータを用いてヘドニック関数に基づいて計測している。家賃は東京駅からの鉄道距離が拡大するほど下落するが地価よりも下落幅が小さく、建物面積は家賃を引き上げる場合(山手線内)も引き下げる場合(東北・常磐方面)も観察される。さらにインカム・ゲインは都心から離れるほど高まる傾向がある。インカム・ゲインは、0.2?0.3%と安定しているがキャピタル・ゲインの変動は大きい。さらに土地収益率には地域間波及が明瞭に観察される。ちなみに、白地点の1期前の収益率との相関(自己相関)よりも同時点の隣接地点の収益率との相関が高い。このことは土地市場の情報効率性を自己相関ゼロという帰無仮説によってテストする場合に、他の地点の収益率がより強い影響を与えるために集計量としての土地市場の情報効率性をテストすることが困難になることを意味している。
 同時点の相関が高い理由として土地裁定説とノントレイディング説がある。後者は頻繁に取引される資産が市場全体の収益に関する情報を伝えることに着目する。ノントレイディング仮説はもともと株式市場での資産価格決定について考案されたものであるが、土地のように取引頻度が低い資産についてより一層当てはまる可能性が強い。このノントレイディング仮説が該当する場合には、(1)取引の確率が低い資産の分散は大きくなり、しかも(土地価格がブラウン運動をすると仮定すると)時間とともに分散が拡大する、(2)市場の共通要素の影響が同符号であれば異なる資産の同時点の相関はプラスであり、(3)自己相関はマイナスになるという現象が観察されるはずである。東海方面に関するかぎり、マイナスの自己相関、取引間隔が大きくなると分散が拡大する傾向が検証され、ノントレイディング仮説が棄却されないとの興味深い結果を得ている。しかし、同じ結果は東北・常磐(負の自己相関が棄却)や多摩方面(取引間隔とともに分散が拡大しない)については得られていない。かりにノントレイディング仮説が妥当するとして、土地市場に情報効率性がどの程度存在しているかについての検証はこれからの課題として残されている。
 
 日本における住宅産業の市場構造が、どのような状況にあるのかを分析した論文は少ない。大場論文(「英国の住宅産業における構造変化に関する分析」)ではイギリスの住宅市場における企業集中の実態をアンケート調査を踏まえて分析している。住宅産業は住宅の多様性、地理的分散性、規制の地域性、生産プロセスの小規模性や専門性から企業集中は低いとされてきた。しかし、イギリスでは1973、74年の住宅不況を契機として大手企業(ボリューム・ビルダー)の市場シェア拡大傾向が観察される。大手企業は主として企業買収の形で市場シェアを拡大した。企業集中が可能であった要因としては、生産における規模の経済性と商業面・金融面における規模の経済性が考えられる。
 大場論文は、前者については生産の継続性が需要によって規定されるものであること、ならびに下請制度に依存するために生産過程が細分化されていることを考慮すると大きなものではないと結論している。他方、後者については、大手企業が販売戦略や資金調達方法において優位性を得ていたとの結論を出している。日本においても住宅産業における企業集中過程の分析は不足しており、国際比較のみならず他の産業との比較を通じて日本の住宅産業の特徴や将来について一歩踏み込んだ研究成果が期待される。(I)
価格(税込) 750円 在庫

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