季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1999年夏季号
発行年月 平成11年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言経済学は役に立つか?金本良嗣
特別論文2025年の日本経済と地価香西泰・伊藤由樹子・定本周子
研究論文都心のオフィス賃料と集積の利益八田達夫・唐渡広志
研究ノートアメリカ連邦政府と州レベルの住宅政策五嶋陽子
研究論文公的住宅金融機関の存在意義の検討藤田康範
海外論文紹介住宅および抵当市場の空間解析におけるGISの利用山本直英
内容確認
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 オフィスの賃料や地価はどう決まっているのだろうか。基本的な論理は簡単である。便利なところは高く、不便なところは安い。周辺に取引先企業や関係官庁が多く、それらとの行き来のための時間ロスが小さいことが都心地区の便利さの大きな部分である。しかし、なぜ大手町が3.8万円で、渋谷が1.9万円なのかをきちんと説明することは難しい。
 
 八田達夫・唐渡広志論文(「都心のオフィス質料と集積の利益」)では、従業密度が高いと賃料が高くなるというパターンに着目している。東京圏の各地点の賃料をその地点の従業者数密度で回帰すると、予想通りの結果が得られる。この結果を使って、都心近くに移転することにより、どれだけの労働生産性の上昇が見られるかを計測するというのが八田・唐渡論文の主たる内容である。
 いくつかの仮定をおいて、他の業務地区と比較して大手町の労働生産性がどれだけ高いかを推定している。その結果によると、大手町は渋谷より約9%労働生産性が高い。赤坂との差は約10%で、品川・天王洲との差は約12%と推定されている。
 次に、以上の結果を、「都心近く(大手町)に移動することによって節約できる労働時間」に置き換えることによって、石澤卓志氏による試算との関係を検討している。
 石澤氏は丸の内地区と他の地区との従業員1人当たりの賃料格差を計算し、1時間当たり人件費を用いてそれを1日当たりの節約時間に換算している。この計算は、地域間の賃料格差を前提にし、その質料格差を埋め合わせるためにはどの程度の労働時間の節約が必要(ないしは十分)であるかを求めたものである。八田・唐渡論文ではこれを「十分節約時間」と呼んでいるが、後ほど見るように、もともとの石澤氏の計算方法では「必要節約時間」と呼んだほうがよいかもしれない。
 石澤氏の節約時間は、賃料格差を埋め合わせるために必要な時間節約を計算している。これに対して、八田・唐渡論文では、地域間の生産性格差の推定値をもとに、都心に移転することによる生産性上昇がどの程度の節約時間に等しいかを計算している。これは「損益分岐節約時間」と呼ばれているが、「生産性格差による節約時間」と解釈できる。
 最後に、八田・唐渡論文では、石澤氏の「十分節約時間」が「損益分岐節約時間」より常に大きくなることを示し、各業務地区についてこの二つを比較している。たとえば、渋谷と大手町を比較すると「損益分岐節約時間」は39.9分の差であるのに対し、「十分節約時間」は67分でかなり大きな違いがある。
 図1は八田・唐渡論文と石澤氏の節約時間の相違を図解している。渋谷のほうが大手町より不便であるので労働生産性が低い。このことによって渋谷の等生産量曲線(同じ生産量を生み出すのに必要な労働とオフィス・スペースの投入量)は、大手町のものよりも上になっている。八田・唐渡論文では地点間の生産性格差は労働時間の生産性を比例的に変化させると仮定しているので、これらの等生産量曲線は縦方向に比例的に上下させたものになっている。
 渋谷はオフィス賃料が低いので、大手町より等費用線(費用Rs+Wlが等しくなる労働時間とオフィス面積の組み合わせ)の傾きが緩やかである。図1では渋谷ではS点が選択され、大手町では0点が選択される。
 
 
 
 八田・唐渡論文の「損益分岐節約時間」は、同じ生産量を上げるために必要な両地域の労働時間の差を、渋谷のオフィス・スペースを前提に計算したものである。したがって、図1では線分SAの距離が「損益分岐節約時間」になる。
 これに対して、「十分節約時間」は渋谷のオフィス面積と同じ面積を大手町でも使うと仮定し、賃料格差を埋め合わせるために必要な労働時間を計算している。これは図1では線分SBの距離になる。図から明らかなように、SBのほうがSAより大きい。これが八田・唐渡論文で得られた結論である。
 同様な節約時間を大手町のオフィス面積を前提に計算することができる。その場合には、八田・唐渡論文の節約時間は線分OCになり、石澤氏の節約時間は線分ODになる。したがって、石澤氏の節約時間のほうが短い。石澤氏のオリジナルな計算は、丸の内を基準として節約時間を計算しているので、このケースのほうが当てはまると思われる。
 今後の研究課題としては、各地域の従業者密度を一般化し、近接地域の従業者密度を含めたポテンシャル関数を導入することや同時方程式バイアスを検討することなどがあげられる。
 
 五嶋陽子論文(「アメリカ連邦政府と州レベルの住宅政策」)は、カリフォルニア州を例にとってアメリカの住宅税制を検討している。アメリカの住宅税制については連邦政府レベルのものは広く紹介されているが、州の税制を含んだ形のものはほとんど存在しない。最近では、州が所得税を課税することが多くなっているので、州の所得税を考慮に入れる必要があり、この論文は貴重な貢献である。
 この論文では、モーゲージ支払利子控除と固定資産税(論文では財産税と呼んでいる)および帰属家賃非課税を主に取り上げ、これらによる「隠れた補助金」を計算している。また、資本コストへの影響も計算している。
 ここで注意が必要なのは、これらの税制上の優遇措置がもたらしている歪みをきちんと把握することである。そのためには、何と何の間の選択の歪みをもたらしているかを明確にする必要がある。たとえば、持ち家と賃貸の間の選択の歪みを考えるならば、賃貸ではモーゲージ支払い利子は控除されているが、家賃は課税対象になっている。これと持ち家を比較すると、アメリカでは、前者は持ち家も同じであり、後者が異なるだけである。つまり、持ち家の帰属家賃は所得税の課税対象にはなっていないが、借家の家賃収入は課税対象になっている。
 こういったことをふまえて、アメリカの税制を整理すると、住宅政策の評価により明確に結びつくと思われる。
 
 藤田康範論文(「公的住宅金融機関の存在意義の検討」)は、公的住宅金融機関と民間銀行による住宅ローンの双方を明示的に組み込んだモデルを作り、公的住宅金融機関の存在意義を検討したものである。
 主要な結論は、(1)公的住宅金融機関の貸出限度額が大きい場合などには、公的住宅金融機関への補助金を増加させることによって、民間銀行の利潤が増加したり、経済厚生が増加したりする、(2)民間銀行と公的金融機関との代替性が強い場合には、日本のような仕組み(公的金融機関に補助金を与えて、収支均衡下で貸出限度付きの低利貸出を行わせるというもの)が市場均衡の安定化機能を果たす、といったものであり、きわめて興味深い。
 ただし、この論文のモデルは現実の日本の住宅金融市場とはかなり異なっているし、経済厚生に関する分析については理論的な整合性に疑問がある。したがって、この論文の結論を鵜呑みにするのは危険である。
 第1に、この論文では民間金融機関がひとつで公的金融機関がひとつのモデルを考え、これら2者の間の複占ゲームを分析している。しかし、実際には、多数の民間金融機関が存在しており、それらに加えて少数の公的金融機関があるという構造となっている。
 第2に、住宅ローンの需要者は限度額まで公的金融機関から借り入れを行い、残りを民間金融機関から借りるという行動をとることが多い。このような構造がうまくモデル化できているかどうかには疑問がある。
 第3に、経済厚生の分析の際に民間金融機関と公的金融機関それぞれに対する需要関数から消費者余剰を導いているが、このプロセスが理論的に整合的かどうか疑問がある。線形需要システムについてはAngus Deatonなどによる数多くの研究がなされている。それらの研究を参考にして、理論的に整合的な枠組みを作ることが将来の課題であろう。(K)
価格(税込) 750円 在庫

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