季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2000年夏季号
発行年月 平成12年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言土地の特性大津留温
特別論文建築物の品質を確保するための法制度について大森文彦
研究論文アメリカの固定資産税とその課題中神康博
研究論文不動産競売市場と明渡しの権利関係戸田泰・井出多加子
研究論文テニュア選択と住宅需要のシュミレーションモデルP.K.ティワリ・長谷川洋
海外論文紹介住宅の「構造適切性」の決定要素梅村充
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 地価が下落しているにもかかわらず固定資産税の負担が増加している。これに対して、とくに不動産業界から固定資産税軽減の強い要望が出ている。バブル期には地価を下げるために固定資産税課税を強化すべきだという議論が多く見受けられたが、最近ではこういった議論は少なくなった。しかし、固定資産税収が市町村歳入に占める割合は増加して、現在では市町村税収のほぼ半分になっている。したがって、地方公共サービスの財源として固定資産税が主要な位置を占めるアメリカ型に近づいている。
 
 中神康博論文(「アメリカの固定資産税とその課題」)は、固定資産税に関して、アメリカにおける最近の動きと、それらについての経済学者の分析を紹介している。日本において固定資産税の位置づけを再検討する際に大いに参考になると思われる。
 アメリカでは地方政府(市町村、郡、学校区、特別区)の税収のうちで固定資産税が占める割合は75%にも及んでおり、とくに学校区では98%にも達している。
 固定資産税が高い比重を占めているということは、政治的な争点になりやすいということで、カリフォルニア州における提案(プロポジション)13に始まる「納税者の反乱」のターゲットになったことは日本でもよく知られている。
 あまり日本で知られていないが、もうひとつ重要な出来事は「Serrano 対 Priest」裁判に始まる教育財政改革である。これは生徒1人当たりの教育費の違いが大きいのは憲法違反であるという訴えに対して、裁判所が1人当たり教育費の差を100ドル以下にすべきという判決を出した事件である。
 教育サービス等の地方公共サービス供給水準を地域間で公平にするには何らかの財源調整が必要である。アメリカでは州政府が財源調整を行い、そのことによって教育水準の意思決定が集権化の方向に向かうことになった。
 「Serrano 対 Priest」裁判の判決は1974年に出たが、その後、1978年に有名な提案13がカリフォルニア州で可決された。他の州の多くでも同様な住民投票によって固定資産税の税率の上限が定められた。
 中神論文では教育財政改革と「納税者の反乱」についてのさまざまな研究が紹介されている。たとえば、
 (1)地方公共財サービス水準を住民による投票で決定すると、中位投票者の選好が決定に反映される。この場合に、同質でないコミュニティでは、地方公共財の効率的な供給が保証されない。租税制限を課すことによって、より効率的な供給をもたらすことができる。
 (2)政府は独占的な行動をする主体であり、予算規模を過大にする傾向がある。これに対する歯止めとして、租税制限が有効である。
 (3)実証分析によれば、租税制限によって、固定資産税、所得税、物品税等の税財源への依存が縮小し、使用料や手数料などの収入に依存する傾向が強くなってきた。また、意思決定の集権化が進み、地方政府による供給から州政府による供給の傾向が強まった。
 (4)コミュニティが同質でなくなる傾向がでてきているが、これの効果としては、住民の選好に沿った地方公共財の供給が困難になるというネガティブな効果と、初等中等教育におけるピア・グループ効果(所得階層が混在することによって低所得層子弟がよい刺激を受け、教育効果が高まって将来所得が上昇するといった効果)が期待できるというポジティブな効果の両方がある。
 (5)固定資産税が逆進的(低所得層に不利)なのか、累進的(高所得層に不利)なのかについて、さまざまな分析が行われている。
 (6)住民と地方公共サービスの供給者の間に情報の非対称性が存在する場合には、固定資産税による地方公共サービスの供給が非効率性を改善する可能性がある。
 日本において地方財政における固定資産税の比重が高まっていることを考えると、固定資産税の位置づけやあるべき姿についての基本に立ち帰った議論を始める必要がある。中神論文はそのための多くの素材を提供している。
 
 戸田泰・井出多加子論文(「不動産競売市場と明渡しの権利関係」)は、大阪地方裁判所における不動産競売の個表データを用いて、不動産の明け渡しに関する権利関係が落札価格にどの程度の影響を与えているかを推定している。
 不良債権処理において不動産の円滑な売却は重要な課題である。その際の最後のよりどころは、裁判所による不動産競売である。ところが、日本では、裁判所による競売は十分に機能してこなかったと言われている。戸田・井出論文でも指摘されているように、その大きな理由は、賃借人や占有者が競売物件を利用している場合には、契約解消や占有排除に時間と費用がかかることである。
 競売物件の権利関係について裁判所は「自用」「非正常」「正常短期」「正常長期」の4種類に分類している。「正常短期」と「正常長期」においては賃借人の権利関係が購入者に引き継がれ、賃借人は短期賃貸借保護制度や借地借家法による保護を受ける。これに対して、「自用」と「非正常」においては、賃借人等の権利関係は購入者に引き継がれない。ところが、「自用」と「非正常」の場合にも購入者が権利関係のトラブルに巻き込まることがありうる。
 戸田・井出論文では、不動産競売物件のヘドニック価格関数を推定しているが、説明変数の中に物件の権利関係の変数を加えて、権利関係によって価格がどの程度異なるかを見ている。権利関係の変数は、
 (1)破産管財人が占有しているか、債務者が空き屋で持っているケース、
 (2)債務者が住み着いたままであるか、債務者の家族や従業員等が住み着いているか、債権者が差し押さえているか、契約期間が終わったのに債務者が立ち退かないで住み着いているか、契約が元々なかったか、あるかないかも不明であるかのいずれかのケース、
 (3)短期あるいは長期の賃貸借が存在するケース
 の3分類を用いている。
 推定結果は、(1)のほうが(3)よりも価格が高く、(2)のほうが(3)よりも価格が低いというものである。空き家のほうが賃借人がいる場合よりも高く、権利関係が不確定なケースは権利関係が確定した賃借人がいる場合より低いというのは直観的に納得できる。
 この論文では詳細には説明されていないが、もうひとつ重要であると思われる結果は、一般市場で取り引きされている物件と比較して、競売物件のほうが約20%価格が低いことである。この大きな理由は、裁判所競売物件は権利関係が不確定なものが多いことであると思われる。より詳細な研究が望まれる。
 
 P.K.ティワリ・長谷川洋論文(「テニュア選択と住宅需要のシミュレーションモデル?首都圏を例にして」)は、住宅統計調査の個表データを用いて、持ち家・借家選択と住宅需要関数を推定している。住宅統計調査は広範なサンプルと多岐にわたった調査項目とから、きわめて貴重な統計であるが、日本の統計行政の常として、個表データの利用が困難であったために、十分な研究が行われてこなかった。欧米では住宅統計の個表データを用いて、詳細な研究が行われ、住宅需要の所得弾力性や価格弾力性といった住宅政策を考える上で基本的な情報が得られている。これに対して、日本ではこういったきわめて重要な情報さえ、ごくわずかの推定例しかなく、しかも不十分なデータを用いたものがほとんどである。
 著者は建設省建築研究所という立場を活かして、住宅統計調査の個表データを利用し、住宅需要の推定を行っており、貴重な研究である。
 この論文で得られた推定値は、東京の借家世帯における住宅需要の生涯所得弾力性は0.26、価格弾力性は0.36である。持ち家の所得弾力性は0.37であり、価格弾力性は0.37となっている。これらの推定値はアメリカにおけるもののほぼ半分であり、はるかに小さい。
 個表データを用いた推定結果がほとんど存在しないことを考えると、これらの推定値をそのまま信じるには時期尚早であると思われる。より多くの実証研究が行われ、住宅政策にとってもっとも重要なパラメータである所得弾力性と価格弾力性について信頼性の高い推定値が得られることを期待したい。(K)
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