季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2001年春季号
発行年月 平成13年04月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言都市の再生と日本経済高木丈太郎
特別論文都市サイクルと住宅政策川嶋辰彦
研究論文高齢世帯の住み替え行動瀬古美喜
研究論文地価上昇と経済成長の相互作用に関する分析櫻川幸恵・櫻川昌哉
研究論文イギリスの民間賃貸住宅の利回りについて倉橋透
海外論文紹介住宅市場のヘドニック分析藤原徹
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ノート
 日本の住宅市場の計量的な分析は遅れている。住宅税制や住宅補助が住宅需要や住み替え行動にどのような影響を及ぼすかについての定量的な理解は、欧米諸国に比較してはなはだ不十分である。その大きな理由は、日本では各種統計の個表データを学術目的で利用することがきわめて困難であることである。
 アメリカではプライバシーの保護と学術研究を両立させるために、いくつかの都市にデータセンターを設け、そこに行けば、データ自体は持ち出さないという条件で個表データを用いた分析を行うことができる。
 プライバシーに関する配慮を非常に重視するドイツでさえも、最近ではMikrozensusやGSOEP(家計パネルデータ)のように公開されるものが出てきているし、家計調査データも個人がわからないようにしたデータが公開されている。
 日本の政策分析を欧米並にするためには個表データの利用についての政策転換が必要である。
 日本での政策転換は遅々として進んでいないが、統計学者を中心として個表データの利用に関する議論が行われている。その一環として、ごく短期間だけ個表データを研究者に使わせてみるという実験的な試みが行われた。瀬古美喜論文(「高齢世帯の住み替え行動」)は、その試みの成果のひとつである。
 この論文では、平成5年住宅統計調査の京浜葉大都市圏と京阪神大都市圏の個表データを用いて、高齢世帯と普通世帯の住み替え行動を比較・分析している。主たる関心は、高齢世帯と普通世帯の間に住み替えの選択に関して相違が見られるかということと、京浜葉大都市圏と京阪神大都市圏で異なった行動が見られるかということである。
 2項ロジットモデルによる推定結果は以下のような興味深いものである。
 ?高齢世帯で前住居が持ち家の場合に、借家の場合よりも住み替え確率が上がるかどうかについては、京浜葉大都市圏と京阪神大都市圏でまったく正反対になっている。つまり、京浜葉大都市圏では前住居が持ち家であると住み替え確率が下がり、逆に京阪神大都市圏では上がる。
 ?京阪神大都市圏においては、高齢世帯の場合には、全住居の居住期間が長いほど住み替え確率が下がっているのに対し、普通世帯の場合には上がっている。
 ?両地域において、子どもがいる高齢世帯は、いない世帯に比べて住み替え確率が高い。これは子どもと同居するために住み替える高齢者が多いためであろう。また、子どもとすでに同居している高齢世帯の住み替え確率は、同居していない場合に比べて低い。
 瀬古論文では、さらに住宅税制を変更したときの効果のシミュレーションを行っている。その結論は、登録免許税と不動産取得税を下げると、高齢世帯の住み替え確率が下がるというものである。不動産取引税を下げると住み替えが多くなるというのが通常の予想であるので、なぜこのような結論になるのか興味があるところである。著者は、「不動産流通課税の軽減にもかかわらず、依然として流通課税などが高く、それが資産デフレと相まって、高齢世帯の住み替えを妨げているためであろう」という説明をしているが、あまり説得的でない。
 瀬古論文は貴重な住宅統計調査個表データを用いた意欲的な研究であるが、
 ?高齢世帯で前住居が持ち家の場合に、借家の場合よりも住み替え確率が上がるかどうかについて、京浜葉大都市圏と京阪神大都市圏でまったく正反対になっているのはなぜか、
 ?不動産取引税を下げると高齢者の住み替えが減少するのはなぜか、
 といった疑問を提起している。
 個表データの利用期限が過ぎてしまったので、これらの疑問に答える分析ができないことは、はなはだ残念である。日本でも個表データの学術利用を可能にする必要がある。
 
 櫻川幸恵・櫻川昌哉論文(「地価上昇と経済成長の相互作用に関する分析」)は、地価上昇が経済成長を促進する(逆に地価下落は経済成長を低迷させる)という仮説を1958年から98年までの時系列データを用いて統計的に検証している。
 経済学のスタンダードな考え方では、地価は将来の予想収益の現在価値であり、将来の経済成長を反映することはあっても、地価の上昇が経済成長率を変化させることはありえない。しかし、設備投資資金の借り手と貸し手の間に情報の非対称性がある場合には、土地の担保価値が借り入れ制約を緩和させ、設備投資を促進する効果をもちうる。このような仮説はすでにかなり前に理論化されているが、櫻川・櫻川論文はこれが日本の場合にあてはまるかどうかを検証している。
 実証するモデルは清滝・Mooreによる担保金融モデルを拡張した内生的成長モデルである。このモデルでは、経済成長の予想が現時点の地価上昇率に影響するルートと、現時点の地価上昇率が担保価値の上昇を通じて将来の経済成長率に影響するルートの双方が存在し、これらがどの程度大きいかをデータを用いて検証することができる。
 統計的手法としては、最近よく使われるようになった一般化積率推定法(GMM)を用いて、理論モデルから導かれた構造方程式を推定している。その結果によると、第一次オイルショックまでは地価が経済成長に影響するルートは存在したが、経済成長が地価に影響するルートは確認されなかった。しかし、オイルショック以降は、双方のルートが存在している。
 この研究は最新の理論的成果を最新の統計的手法を駆使して推定したものであり、貴重な貢献である。しかし、ここで得られた結論が現実をうまく表しているかどうかについては、現在のところ必ずしも明らかでない。
 第1に、時系列データに含まれている情報量は多くなく、精緻なモデルの推定はむずかしいことが多い。第2に、統計的関係が存在したとしても、それが真の因果関係を表していないこともある。地域データや企業データを用いた別のアプローチで、同様な結論が得られるかどうかを検証する必要がある。
 
 倉橋透論文(「イギリスの民間賃貸住宅の利回りについて」)は、イギリスの民間賃貸住宅の収益率を賃貸住宅投資の資本コストと比較している。
 この論文で用いた資本コストはスタンダードなもので、「住宅投資の税引き後(限界)収益の現在価値が、税負担軽減効果を考慮した投資費用と等しくなるときの税引き後の限界収益率」である。つまり、投資コストをまかなうとするとどれだけの収益率が必要かを計算したものである。ただし、岩田一政氏等の古典的な研究では、経済的償却率を除いたネットの収益率を用いているが、この論文では経済的償却率を除かないグロスの限界収益率を用いている。
 イギリスでは、賃貸住宅投資の実際の収益率(論文では「実際の利回り」と呼んでいる)のデータが公表されており、それとここで計算した資本コストの比較を行っている。資本コストは年によって大きく変化しているが、1997年に実際の収益率をわずかに上回ったのを除いて、実際の収益率より低くなっている。また、貸家投資の収益率が資本コストを下回ると貸家増加戸数が減少し、逆に大きく上回ると増加するという傾向が見られる。これは通常の想定どおりである。
 イギリスでは償却税制が導入されていないが、これを導入すると貸家投資の収益率にどういう影響があるかのシミュレーションも行っている。ここで仮定した経済的償却率と同じ2.5%の償却が認められると、収益率は0.9%上昇する。日本の特定優良賃貸住宅と同じ割増償却が認められると1%上昇する。この数字が大きいか小さいかについては議論があるところであろうが、著者は貸家投資の利回りを十分に上げるには限界があるとしている。
 イギリスの例ではあるが、貸家投資の実際の収益率と資本コストを比較するという作業は興味深い。日本についても同様な研究が進むことを望みたい。(金本良嗣)
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