季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2002年冬季号
発行年月 平成14年01月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言東京エンタープライズゾーン構想田中順一郎
座談会構造改革の中の住宅政策金本良嗣・石井喜三郎・翁百合・島田良一・八田達夫
研究論文少子化が借家世帯の貯蓄に与える影響について森泉陽子
研究論文商業地不動産価格指数の「精度」西村清彦・清水千弘
海外論文紹介アメリカのモーゲージ市場磯野生茂
内容確認
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ノート
 森泉陽子論文(「少子化が借家世帯の貯蓄に与える影響について」)は、借家人の貯蓄のうち、住宅目的の割合がどれだけであるかを推定し、その結果を用いて少子化の貯蓄に与える影響について、これまでとは違った角度から分析した論文である。
 近年では、比較的若い世帯では借家率が上昇している。この理由のひとつは少子化である。少子化によって、平均的に子は1人当たりより高額の遺産を相続するようになる。予定される相続が高額ならば、相続時点まで借家を続け、親からの遺産で(またはそれを頭金にして)住宅を購入すればよい。そのため、少子化の過程では住宅購入のための頭金を貯蓄する必要性が下がり、借家率上昇する。観察される借家率の上昇は、このように説明できると考えられる(若年世帯の婚姻率の低下も著しいが、その程度は若年層の持家率の低下ほどではない。このため、森泉論文によれば、少子化がこの原因である可能性は高い)。
 森泉論文は、まず、貯蓄の60%が持家取得目的であることを示している。さらに、このファインディングを用いると、少子化が進行することによって、全体として20%前後の貯蓄率の低下が引き起こされると示している。
 森泉論文の分析上の核は、貯蓄における住宅取得目的の割合の検証である。このために、「持家・借家効用差変数」とでも呼ぶべきI*という変数を導入する。これは、持家に住むことの効用と借家に住むことの効用の差である。変数が正ならば持家を好み、負ならば借家を好むとする。借家人の資産(貯蓄)額は、所得や家賃、住宅価格などと並んでI*レベルによって説明される。一方、I*は、所得や家賃、住宅価格のほかに、資産(貯蓄)額で説明できる。
 このモデルでは、資産額とI*という二つの内生変数に関する2元同時連立式になる。したがって、まず二つの内生変数に関して、外生変数のみを説明変数とする2本の誘導型を推定する。この際、資産額には、実際のデータを用いる。一方、I*は観察されないので、代わりとして、住宅を持つ人は1、その他は0という離散型の住宅計画変数Iを用いてプロビット推定をする。
 このようにして1段階目の誘導型を推定して得られた資産額とI*の理論値を用いて、元の理論式を推定する。推定法は、Nelson and Olson(1978)の分析の方法である。
 分析の結果、資産関数では、I*の理論値が有意に正の効果をもつことがわかった。このことから、住宅購入は家計の貯蓄目的となっていることが確認された。
 この式から、借家世帯が、頭金のための貯蓄としてどれだけを平均的に貯蓄しているかがわかる。これから全借家世帯の頭金貯蓄額を推定すると、28.1兆円である。これによって、住宅購入目的の総貯蓄額は全借家世帯の貯蓄額の60%以上を占めることが明らかになった。これが森泉論文の最大のファインディングであろう。
 次に、少子化の影響を見るシミュレーションが行なわれる。このシミュレーションでは、少子化によって借家に居残る期間が延長すると考え、貯蓄の減少をシミュレーションによって推定し、全体で20%程度の低下を引き起こしたことが示された。
 森泉論文では、住宅取得の目的で貯蓄されている割合を測定する分析は、それだけで完結している。少子化の影響に関する検討はその応用である。
 ただし、この検討は、データ面の制約から少子化の影響を正面から分析したものにはなっていない。平均的には大都市に住む親は、地方の親よりも、はるかに高額の家を残す。昔と違って、今はすでに親が東京にいるため、東京の家が手に入るという側面も、少子化とならんで子の持家購入意欲に影響を与える。したがって、持家購入意欲に影響を与える予想遺産受取額の増大が、どれだけ少子化によるのか、親の都市集中によるのかを判別しなければならない(なお、この分析では、現金を相続し、それを用いて住宅を購入する場合も、住宅を相続してそのまま居住する場合も、住宅購入とみなされていることに注意する必要がある)。
 ここで、前半の貯蓄動機に占める住宅購入目的の割合の分析においても、もしデータがあるならば、より詳細な分析ができることに注意すべきであろう。たとえば、予定遺産受取額がわかれば資産関数に説明変数として入れればよい。この予定遺産受取額は、きょうだいの数が少なければその分1人当たりの受け取り予定額は大きくなるし、親が田舎に住んでいる場合に比べて、大都会に住んでいる場合にも大きくなる。資産関数におけるこの変数の係数を見ることによって、少子化の貯蓄に及ぼす影響を直接的にとらえることができるであろう。もし、予定遺産額の入手がむずかしければ、きょうだいが何人いるか、親が持っている持家の金額がいくらであるか、あるいは親がどこに住んでいるか、といった情報によっても、いろいろなことが分析できたであろう。
 森泉論文は個票データに、親に関する情報がないという状況で、相続期待が貯蓄に及ぼす影響の分析を試みている。このため、借家・持家の選択と資産の額の関係を調べて貯蓄動機に占める住宅購入目的の割合を間接的に分析せざるを得ないので、凝ったモデル構成になっている。森泉論文で用いられている基本モデルが効用極大のモデルから導出されたものだったなら、よりわかりやすい分析になっただろうと考えられる。
 
 西村清彦・清水千弘論文(「商業地不動産価格指数の「精度」」)は、東京都心3区における1974年から1999年までの実際の取引事例に基づいた品質調整済地価インデックスを作成し、公示地価などのさまざまな地価インデックスの精度を評価している。
 西村・清水論文では、公示地価と取引事例との間に次の関係があることが示された。
 第1に、1983年以降の地価上昇期においては、公示地価インデックスは取引事例インデックスにラグをもって上昇していた。
 第2に、1986年および1988年には、実勢での地価下落にもかかわらず、公示地価は逆にそれまでのラグを取り戻すように上昇した。
 第3に、バブル崩壊期である1993年時点には、公示地価の下落は実勢の地価の大きな下落を反映しなかった。
 第4に、その後、公示地価がラグを伴って取引事例を追っていった。
 不動産市場の特質は、すべての不動産が市場で常に売買されているわけではなく、同質の不動産は存在しないということである。このような取引情報を2時点間で比較するには、品質を制御する必要がある。したがって、西村・清水論文の分析の核は、品質の調整である。
 西村・清水論文ではヘドニック価格法を用いて品質を制御している。すなわち、地価を最寄駅までの距離、都心への移動時間や周辺環境、地積、容積率などによって回帰し、それをベースに地価指標を推計している。ヘドニック関数の、自由度修正済決定係数は、取引事例では0.889、公示地価関数では0.919と説明力が高い。これらの式に基づいて、取引事例インデックスと公示地価インデックスが作られている。
 分析はこれまで直観的に指摘されてきた公示地価インデックスの弱点を実証的に示した点で意義がある。とくに、公示価格が地価の動きの山と谷を正確には示していないという点は重要である。
 分析で用いられているような取引事例が他の研究者には簡単には手に入らないことを考えると、取引価格の情報を宅地・建物取引業の守秘義務から外すなどして、実際の取引事例が公開される必要があることを西村・清水論文は示している。
 なお、ヘドニック関数では指定容積率がひとつの変数として用いられている。しかし、指定容積率は場所によってフルに使われているところも、使われていないところもある。実際の就業者集積度や、実効容積率を変数とすることによって分析精度は上がるだろう。沿線ダミーがたいへん多く使われているが、集積地へのアクセスのよさを示すポテンシャルを用いることとの優劣も比較してほしいところであった。(八田達夫)
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