季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2004年夏季号
発行年月 平成16年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言転換期にある住宅政策金本良嗣
特別論文住宅セーフティネットの再構築岩田正美
研究論文家計の住宅購入タイミングの決定森泉陽子
研究論文東京大都市圏における住宅建設の空間的クラスタリング吉田あつし・七條達弘
研究論文公営住宅入居世帯の便益と消費選択の変化森田学・中村良平
海外論文紹介都心への近接性の重要度の変化笠島洋一
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ノート
 本号の3論文は、すべて理論モデルに基づいた住宅に関する実証分析である。その分析の焦点、利用したデータ、対象地域や時点が異なるが、いずれも、実証分析のもととなる理論モデルが明確であり、計量分析の手法も厳格に使用しており、最近の学問的動向や、近年の重要な住宅問題を知るうえで、大きな貢献をしている。
 
 森泉陽子論文(「家計の住宅購入タイミングの決定」)は、資産額と住宅資産価格の変動という将来の不確実性を考慮して、家計がいつ住宅を購入するかという住宅購入タイミングを、ordered probit modelで推計した実証分析である。現在の日本のように、構造変化が進み、将来が容易には見渡せない時代には、とくに、一生借家に住み続けるか、あるいは人生の途中で持ち家居住へと移行するかは、個人にとっても、政策当局にとっても、重大な関心事である。したがって、本論文のように、住宅購入の最適な時期(タイミング)が、どのような経済的要因やライフサイクル要因に依存しているかを分析することには、重要な意義があるといえる。
 森泉論文は、1992年の住宅金融公庫の『住宅需要動向調査』というクロスセクションの個表データには、住宅の購入計画の有無に関するカテゴリ化された移行時期の情報があることに着目して、本来は、動学的な住宅購入タイミングの決定要因分析をordered probit modelを用いることによって分析している。なお、実証分析の背後にある住宅購入タイミングの理論モデルでは、家計が借家居住から出発し、その間住宅購入を目的とした貯蓄をして初めて住宅を購入することを想定している。
 実証分析上の特徴は、住宅資産価格変動と資産額に関する不確実性を、近年著しい進展の見られるリアル・オプション・アプローチの手法を取り入れて、住宅資産価格と金融資産収益率のドリフトとボラティリティという概念を導入して、分析しているところにある。実証分析結果を見ると、住宅資産価格のボラティリティが、住宅購入タイミングへ与える効果が有意となっている。より具体的には、住宅資産価格の不確実性が増すと、家計は住宅購入時期を遅らせることが明らかになっている。また、それによって、購入しない家計の割合も増加することが示されている。さらに、蓄積された金融資産や所得が増加すると、家計は購入時期を早め、購入しない予定であった家計も住宅を購入することが示されている。さらに、購入予定時期として、ほぼ5年から10年を境に、家計の行動が変化することも明らかにされている。
 本論文は、クロスセクション・データしか利用できないにもかかわらず、本来動学的な問題を実証して、きわめて興味のある結果を得てはいるが、ここで利用されている住宅の移行時期の情報は、あくまで、各家計の将来の購入計画に関する情報である。本論文でも指摘されていることだが、住宅購入タイミングのような動学的な問題を、理論と整合的な形で、実証的に分析するためには、パネルデータを用いて、実際に住宅居住に関して移行した時期に関する情報を用いるべきであろう。また、住宅購入タイミングには、住宅取得促進税制など、住宅税制やその他の制度的な要因も影響を与えている可能性が大きいと考えられるが、これらの要因も分析に取り込めれば、より興味深い結果が得られるであろう。しかしながら、住宅購入タイミングに関する実証分析は、これまでほぼ皆無であり、本論文は、きわめて重要な貢献をなしているといえる。
 
 吉田あつし・七條達弘論文(「東京大都市圏における住宅建設の空間的クラスタリング」)は、住宅建設の空間的な不均一性の要因分析を行なうことと、空間的な不均一性に影響を与える観測不可能な要因がどのようなクラスターを形成しているかを検証可能な計量経済モデルを提案するという2つの目的を持って分析された実証研究論文である。具体的には、東京駅から60分の時間距離内の1996年から1998年の88市区のパネルデータを用いて、住宅建設の要因分析を行っている。被説明変数として、市区ごとの世帯当たり住宅着工戸数の対数を用いて、誘導形で住宅建設関数を推計している。住宅建設の空間的不均一性の需要サイドの要因としては、地域の社会経済的要因(経済的属性、住宅ストック、アメニティ)を、説明変数として用いている。供給サイドの要因としては、住宅開発に対する規制や公的社会基盤の溢れ出し効果のようなものを考え、規制の厳しさの市区間の差異も、住宅建設の空間的不均一性に影響を及ぼしていると想定している。
 吉田・七條本論文では、地域効果のある計量モデルとして、Spatially Clustered Fixed-Effects Model (SCFEM)と、Spatially Correlated Random-Effects Model (SCREM)の2つのモデルを提案し、これらのモデルを用いて、東京大都市圏における3年分の市区の住宅建設関数の誘導系を推計している。また、観測不可能な要因の効果の大きさだけではなく、隣接したどの市区が空間的クラスターを作っているかという点にも、焦点をあてている。
 SCFEMは、空間的クラスター構造を持つ固定効果モデルで、どの地域がどのクラスターに属しているのかを判断する統計的な手法(FS法とBS法)を提案している。なお、SCFEMでは、住宅建設の不均一性の供給サイドの効果は、固定効果(クラスター効果)として捉えられている。一方、SCREMは、空間的に相関する変量効果モデルである。このモデルでは、隣接した地域の地域効果の空間的相関がモデル化されている。SCREMでは、供給サイドの要因は、空間相関のある変量効果として捉えられている。推定結果を見ると、SCFEMのほうが、よりよくデータにフィットしており、住宅建設を抑制する要因は、東京23区内や23区の東、西、北側のほうが、南側と比べると小さいことが、明らかになっている。さらに、公共交通ネットワークが、クラスターを形成する要因のひとつと考えられている。
 元来、住宅供給サイドの厳密な実証分析は、需要サイドの分析と比べて数が少なく、その意味でも、本論文は非常に価値のある貢献をしている。ただし、東京大都市圏も、近年は都心回帰現象が顕著であり、現在は、本論文の対象時期とは異なるクラスターを形成している可能性もあるのではないだろうか。また、市区をひとつの地域と捉えることの是非も検証できれば、おもしろいのではないだろうか。
 
 森田学・中村良平論文(「公営住宅入居世帯の便益と消費選択の変化」)は、岡山市営住宅を対象としたクロスセクション・データを使用しながら、公営住宅入居者の、公営住宅への入居前に居住していた民間住宅の家賃情報があるという点に着目して、その情報を利用して、パネルデータ的に、公営住宅入居前と入居後の1対1対応による直接比較を行なって、便益を測定している。
 具体的には、便益を評価するために、ヒックスの等価変分を用いている。すなわち、便益の金銭的評価を、民間住宅に居住したときに、公営住宅への入居によって得られる効用水準と同じ効用水準を維持するのに必要な貨幣額と定義し、コブ=ダグラス型の効用関数を用いて、住宅サービスにヘドニック・アプロ?チを適用して、便益を推計している。
 分析結果から、公営住宅への住み替えによって、世帯は、平均で3万8925円(平均所得の約28.7%)の利益を享受していることがあきらかになっている。また、家賃相当額と便益比の平均が0.87で、1を下回っていることより、住宅の直接供給による公共住宅政策が、効率性を損ねていることが示されている。
 このように、森田・中村論文は、公営住宅入居前と入居後の情報を巧みに利用することによって、公営住宅入居世帯の便益を推計しており、高く評価できる研究である。ただし、民間住宅家賃関数の推計に使われている『週刊住宅情報』のデータが公営住宅入居者の従前の民間住宅の情報をどの程度正しく反映しているかによって、便益の計測結果は変わってくるだろう。また、筆者も指摘しているように、どのような効用関数を選択するかにも、測定結果は、大きく依存するものと思われる。(SM)
価格(税込) 750円 在庫

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