季刊 住宅土地経済の詳細

No.57印刷印刷

タイトル 季刊 住宅土地経済 2005年夏季号
発行年月 平成17年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言住宅が世界を、日本を救う佐藤和男
特別論文バブルの生成・崩壊と日本経済の構造変化小峰隆夫
研究論文市街地再開発の新手法について山崎福寿
研究論文中国の住宅価格変動分析瀬古美喜・冒匯
研究論文住宅政策の制度設計中川雅之
海外論文紹介都市のスプロール化と固定資産税中神康博
内容確認
PDF
バックナンバーPDF
エディ
トリアル
ノート
 山崎福寿論文(「市街地再開発の新手法について」)は、マンション開発に伴う外部経済の問題を解決する手法として導入された「プット・オプション履行義務付き開発許可制度」を応用して市街地再開発を円滑に進めるための新手法を提案しており、土地政策を考えるうえで大いに参考となる。
 再開発が予定されている土地の地権者にとって、再開発後の資産価値がどうなるのかわからないというのが土地の売却を渋る理由のひとつである。そこで、開発事業者は地権者に土地の交換として再開発によって生み出される権利床と、この権利床についてのプット・オプションを供与する。もし開発によって得られる権利床の価値が低下すれば、地権者はプット・オプションを行使することによって開発前の資産価値に等しく設定された権利行使価格で開発事業者に売却することができる。もし、権利床の価格が権利行使価格よりも高くなった場合には、プット・オプションを行使する必要はなく、権利床の価値そのものが地権者のものとなる。このようにプット・オプションの考え方を導入することで、地権者は少なくとも開発前の資産価値を維持することが可能となる。また、再開発によって資産価値が低下することになれば、それは開発事業者が負担しなければならず、開発事業者にとっては資産価値を高めようとするインセンティブが生まれ、この手法は効率的な資源配分という観点からも望ましい。しかも、地権者にとって必ず開発前の資産価値を確保できることから、開発に反対するインセンティブは薄れ、交渉がスムーズに運ぶ。さらに、地権者が開発後の権利床の評価に不満があれば、プット・オプションを行使することで市場を通じた権利床の変更ということも可能である。このように、「プット・オプション付き権利床転換手続き」と呼ばれる手法は、開発地域内の地権者間の権利調整というものに威力を発揮することが期待される。
 ただし、山崎論文でも指摘しているように、権利行使価格をどのように決めるかという問題がある。論文では、プット・オプションの行使価格として「開発計画の影響をまったく受けていない市場価格」であることが望ましいとされる。しかし、土地の価値が土地利用に依存して決まる性格のものである以上、地権者にとって開発前の土地の価値を決めることはそう容易なことではない。この点は、プット・オプションの考え方がマンション開発に伴う外部経済の問題を解決する手法として導入される場合と大きく異なるところである。マンション開発の場合にはマンション開発によってその周辺地域が影響を受けたとしても土地利用は変わらないということを前提にすることができるが、市街地再開発の場合には再開発の前後で地権者にとっての土地の利用そのものが変わってしまう。何をもって従前の土地利用とするのか、その合意が開発事業者と地権者との間でいかになされるのかという問題が残るように思われる。
 
 中国の住宅市場改革が始まってから20年近くも経過し、住宅市場に関する分析も徐々に蓄積されつつある。しかし、そのほとんどが理論分析や時系列データ分析であるという。中国の住宅価格は地域間の格差がかなり大きいとされ、時系列データによる計量分析では限界がある。このような観点から、瀬古美喜・冒匯論文(「中国の住宅価格変動分析」)は、長期的住宅価格の決定要因と住宅価格の短期的な調整過程を、1994?2003年の中国29省(直轄市、自治区)の住宅価格のパネルデータを用いて計量分析を行なっている。
 瀬古・冒論文では、まず住宅のファンダメンタルズ価格を求め、それを用いて住宅価格の短期的な調整メカニズムを分析している。住宅価格の短期的な動きは、系列相関によって生ずるもの、住宅価格がその平均に回帰しようとする力によって生ずるもの、さらにファンダメンタルズそのものが変動することによって生ずるもの、これら3つの力によって説明しようとする。推定結果によれば、地域の実質世帯所得、実質建築コスト、人口は住宅のファンダメンタルズ価格に対してポジティブ、また持家資本コストはネガティブな影響を及ぼすという理論と整合的な結論を得ている。一方、住宅価格の系列相関を示す係数は地域の実質世帯所得と実質建築コストとの間に正の相関があり、平均回帰を示す係数は実質世帯所得と実質建築コストとの間に負の相関があることが示されている。これらの結果を用いて、ここ10年近くの中国における住宅市場の動学的な性質をみると、すべてのサンプル地域の6年間の列相関係数と平均回帰係数の平均はいずれも住宅価格が振動しながら収束するという特徴をサポートするものであるという。このように、瀬古・冒論文は中国における住宅の価格形成についてパネルデータを用いた実証分析を行ない、一部の大都市で住宅バブルの傾向が見られはするものの、国全体として住宅バブルは存在しないという興味ある結果を得ている。
 ただし、次のような課題も残る。まず、瀬古・冒論文でも指摘しているように、使用された住宅価格データが品質調整済みのものではないという点である。この点は日本でも同じであるが、ヘドニック分析を用いた品質調整済み住宅価格指数がまたれよう。また、1994年から2003年というサンプル期間は北京や上海において、いわゆるバブルが発生した時期と重なっており、ファンダメンタルズ価格がうまく説明されているかどうかという疑問が残る。さらに、この点とも関連して、ここで用いられた短期調整モデルではすべての変数について定常性が要求されおり、データがそれに耐えうるものであるかの検証も必要であろう。
 
 中川雅之論文(「住宅政策の制度設計??公営住宅制度と福祉競争」)は、三位一体改革の議論が進む中、公営住宅政策は今後どのように制度設計されていくべきかという興味あるテーマを取り扱っている。公営住宅などいわゆる再分配政策は、中央政府レベルで行なわれるべきか、それとも地方政府レベルで行なわれるべきかという点については、すでに多くの先行研究がある。その際、2つの大きな視点があるように思われる。ひとつは、住民がコミュニティを自由に移動できる環境下では、低所得者は高福祉地域に移住し、逆に高所得者は低負担地域に流出しようとするので、地方政府による再分配政策は地方政府間の福祉競争をもたらし、福祉水準を低下させてしまうというものである。もうひとつは、コミュニティ間で福祉サービスに対する選好が異なるとすれば、それぞれのコミュニティの選好に即した再分配政策が行なわれるべきであるというティブーの考え方に即したものである。中川論文はこの2つの視点を踏まえながら、日本の公営住宅政策の制度設計を模索している。
 まず、現行の公営住宅制度によって福祉競争がもたらされているかどうかの検証が行なわれ、現行制度が福祉競争の回避に失敗し、福祉水準が最適な状態に比べて過小なものとなっていることが示される。また、こうした外部性が存在する場合、中央政府が住宅補助率を設定することによって最適な状態に導くことが理論的には可能とされるが、実際には現行の住宅補助率ではその外部性の影響が完全には打ち消されていないという。さらに、中央政府がコミュニティごとの住宅補助率を決定するとすれば、中央政府が公営住宅に対するコミュニティごとの評価をいかに把握するかが重要なポイントとなるが、その解決法としてリンダールメカニズムに似た補助率決定プロセスというものが提案されている。
 中川論文で紹介されている理論モデルは、低所得者はコミュニティ間を自由に移動することが可能で、しかもそのコミュニティ内の労働市場において彼らの賃金が内生的に決定されるというものである。わが国の公営住宅制度を考えるとき、低所得者のコミュニティ間移動(中川論文では都道府県間の住民移動を問題にしている)がどれほどの影響力をもつかは意見が分かれるところであろう。中川論文では、公営住宅政策による福祉競争の存在が実証的に確認されることが論文の展開に大きな意味を持つだけに、理論モデルの妥当性を含めて実証部分におけるrefinementが望まれる。分権化が進む中で、効率性が求められる今、中川論文は重要な問題を提起しており、この分野での今後のさらなる研究が期待される。(NY)
価格(税込) 750円 在庫

※購入申込数を半角英数字で入力してください。

購入申込数