季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2008年秋季号
発行年月 平成20年10月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言住宅政策の現状と今後の展開和泉洋人
特別論文成熟時代を迎えた日本の都市・住宅・景観山本和彦
研究論文地方公共財供給メカニズムの実験的手法による評価中川雅之・浅田義久・山崎福寿・川西諭
研究論文不動産キャップ・レートの合理的な予測可能性吉田二郎
調査報告国立景観訴訟にみる高さ規制条例の経済学的妥当性原野啓
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 古典的な経済理論においては、個人は自己の効用や利潤を最大化するように行動することが前提とされている。しかし、近年の実験経済学が明らかにしたのは、それとは異なる行動であった。自己利益を重視することは確かだが、他にフェアな負担ということも念頭に置いた行動をとるのである。しかし、どの程度自己利益を重視するかは個人差があり、また、文化的背景にも影響されていることが明らかにされている。
 地方公共財の供給について考えてみると、古典的な経済理論においては、ただ乗りも可能であるため、なるべく他人の負担ですませようという動機が生まれて、適正な水準よりも過小供給となることが知られている。しかし、上記のように、フェアな負担ということを念頭に置くと、現実の行動はそれとは異なる可能性もある。
 中川・浅田・山崎・川西論文(「地方公共財供給メカニズムの実験的手法による評価?自発的支払メカニズムで地方公共財は供給できるか」)は、まさにその点を実験を通して分析しようという試みである。
 この論文では、公園建設ないし緑地保全のための基金の創設を想定して支払意思額を表明させる実験を行なっている。このなかで、自発的支払メカニズム(支払意思額を表明し、表明した額を負担する)と固定費用負担比率メカニズム(支払意思額の合計額均等割りを負担する)を比較している。後者では負担効果は参加人数分の1となるため、理論上は供給量は多くなる。ところが、実験の結果では、負担額に有意な差がない。したがって、実験結果と整合的な理論を求めるためには、古典的な経済理論とは異なる理論の検討が必要となる。
 このための行動理論として、無条件コミットメント原理(公共的活動として社会のあらゆるメンバーがすべき貢献水準を自分自身も実行する義務を負うという原理)と、折衷式行動様式(ナッシュ均衡行動と無条件コメットメント行動の折衷)の2つを検討し、実験結果と整合的になることを確認している。
 もしも行動原理として上述の方式が成立するならば、公共財の供給においてそもそも成立しないと考えられてきた個別負担制度も再検討する余地が生まれる。特に、近年では、NGO、NPOとしての市民活動が進み、都市・住宅分野においても活動が広がってきている。これには地方公共財の供給に近い活動も多い。その時の費用負担ルールの設計について、このような研究結果も踏まえて検討されることが望ましいだろう。負担方法に価格支払と納税という2つしか選択肢がない状態を脱皮して、さまざまな負担方法を検討できれば、高齢化社会の新たな社会負担ルールの確立にもつながるかもしれない。

 資産価格が合理的かどうかを調べるために、予測不可能性を確かめるという分析手法がある。実際、このような方法で分析された研究例もある。ところが、よく考えてみると、特定の仮定のもとで非合理な価格形成の場合に資産価格に予測可能性が生じることは知られているが、資産価格が予測可能ならば必ず非合理な価格形成があることは示されていない。
 吉田論文(「不動産価格とキャップ・レートの合理的な予測可能性」)は、この問題に対して、切り込んだ研究である。分析の結果、資産価格に時系列の自己相関があるからと言って、非合理であるとは言えないことを示している。このため、予測可能性が非合理な価格形成の証左と仮定する従来の分析手法は再検討されねばならないことになり、その示唆は重大である。
 効率的な(合理的)市場と資産価格の予測不可能性の議論では、混乱が見られると吉田論文は指摘する。効率的市場仮説は総合収益率の予測不可能性に関するものであり、資産価格に関するものではないからである。総合収益率はキャピタル収益率とインカム収益率の和で表されるため、総合収益率が予測不可能であることと、資産価格(キャピタル収益率につながる)が予測不可能であることが同値になるためには、インカム収益率も予測不可能でなければならない。そのため、インカム収益率が予測可能であるならば、総合収益率が予測不可能であっても、キャピタル収益率、したがって資産価格が予測可能になっておかしくない。この論理を実際の数値例を示して指摘している。
 数値例では資産価格とキャッシュ・フロー(インカム収益率)との密接な相関があることを示唆している。しかし、現実の不動産市場ではそれほど明確な関係が見られない。このことについて吉田論文は、資産価格はキャッシュ・フローの収益率と期待収益率によって決まるが、期待収益率は安全利子率とリスクプレミアムとで構成され、リスクプレミアム部分の変動が大きいためと指摘している。
不動産価格の場合には、予測可能なキャッシュ・フローの占める割合が高く中心回帰的な力が働きがちである。そのため、予測可能性が高くなると予想されている。インカム収益率は不動産を保有している者のみが受け取ることができ、それが高い予測可能性を持つ限り、不動産価格の予測可能性は合理的に維持されることになる。
 この研究の指摘を受けて、今後、資産価格の時系列的な自己相関の存在からただちに市場の非効率性を断ずることのないようにするとともに、市場の非効率性をテストするためのより精緻な手法の開発が望まれる。

 景観法が成立し、景観地区の指定も増えている。これは、景観に対する社会の関心の高まりを示していると言えるが、その一方で、景観を理由に規制がなされることの妥当性を客観的に示すべきという社会的要求も高まってきている。
 その嚆矢ともなった出来事が東京都国立市における景観訴訟である。訴訟では、大学通りの並木を大幅に上回る高さのマンション建設に対して、景観を損ねるという理由で建物の一部を取り壊すかどうかが最高裁まで争われた。最終的にはマンション建設は認められ、他方で高さ20mを超える建築物の建設を規制する条例も施行された。そこで、高さ20mを超える建築物が建ってしまった国立市における不動産価格の変動を分析することで、景観規制の妥当性を検討することができる。
 原野報告(「国立景観訴訟にみる高さ規制条例の経済学的妥当性」)は、その分析を試みたものである。景観を総合的にとらえる指標を見出すことが難しいため、この報告では、当該マンションが見えることが景観上の損害を与えるイベントと仮定し、また距離が近いほどその影響は大きいものと想定して分析を行なっている。
 まず、ヘドニック分析で、判決の前後で戸建て住宅の価格がどのように変化したかを調べ、マンションが見えるというダミー変数を使っての分析では、裁判期間全体を通してみると住宅価格は有意な変化をしていないことが示された。
より詳しく分析してみると、一審(マンション建設は違法という判決)から二審(違法でないという判決)の間において、マンションが見えることが住宅価格を押し下げる要因になっているという結果になった。ただ、マンションが見える物件のサンプル数が1という非常に不安定な分析であるため、決定的な結論を下すことはできない。
そこで、マンションまでの距離という変数を説明変数に加えて分析している。その結果をみると、分析期間全体としてみるとやはりマンション建設による取引価格の有意な変化はなかったことになる。より詳しく分析すると、一審から二審の期間において有意な影響が見られず、20mを超える部分の撤去という一審判決が下されたにもかかわらず、住宅価格が上昇しなかったということになる。また、二審(違法でない)から最高裁判決の間においては正で有意な価格上昇がみられ、20mを超える部分の撤去が不要という判決にもかかわらず、住宅価格はむしろ上昇している。
以上より、この報告は、20mの高さ規制については、経済学的な妥当性を持っていないと結論づけている。
 景観分析を行なう際には、景観を的確にとらえる変数の検討が不可欠であり、その点で検討の余地のある報告ではあるが、景観規制の経済学的な妥当性を分析する研究の存在意義は大きい。今後も景観規制に関してより精緻な定量分析がなされ、社会にとって最も有益な景観政策のあり方が解明され、より適切な景観施策の一助になることが望まれる。   (Y・A)













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