季刊 住宅土地経済の詳細

No.73印刷印刷

タイトル 季刊 住宅土地経済 2009年夏季号
発行年月 平成21年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言住宅等の省エネ改修那珂正
特別論文アメリカの住宅価格と人口構成の変化岩田一政・服部哲也
研究論文土地利用の決定を含んだ地価根付関数の推定について武藤祥郎
研究論文新築戸建住宅市場における需要者の留保価格の分布推定植杉大
研究論文防災事業の経済分析岩田和之
海外論文紹介世帯形成と住宅石野卓也
内容確認
PDF
バックナンバーPDF
エディ
トリアル
ノート
 本号に掲載された論文3篇は、いずれもこれまでにあまり取り上げられることがなかったテーマについて、興味ある実証分析を展開している。

武藤祥朗論文(「土地利用の決定を含んだ地価値付関数の推定について」)は都市経済の分野では最も重要な概念のひとつとされる値付け関数の推計にかかわるものである。都市内部における多くの土地は住宅地あるいは商業地として利用されているが、都市経済の標準的な教科書によれば、土地は最も高い付け値を与える用途に利用される。そして都心部に商業地が、その周辺に住宅地が立地するパターンが多くなるのは、商業用途の値付け関数の傾きが居住用途のそれを上回るからだと説明する。
 そこで商業用途と居住用途の地価のデータを使ってそれぞれの値付け関数を推計することになる。しかし、利用されていない用途に対する値付けは市場では観察されないので、その情報を無視して推計を行なう結果、セレクション・バイアスという問題が生まれる。そこで値付け関数をシステマティックな動きで説明できる部分と説明できない確率的な部分とに分け、確率的な値付け関数を想定することによってセレクション・バイアスを除去する方法がとられる。
 武藤論文は、この流れをくむもので、ふたつの確率変数の情報を利用する。ひとつは市場で観察されたある用途に対する地価である。もうひとつの情報はその土地の値付けが他の用途の値付けを確率的に上回ったという事実である。こうして得られた土地利用関数と居住用途と商業用途の値付け関数を同時に推計しつつ、さらに推計方法に工夫を凝らすことで、土地利用の決定に影響を及ぼす要因についても分析することに成功している。
 実証結果によれば、用途ごとの値付け関数はいずれも理論モデルと整合的な結論が得られた。さらに、土地利用の決定には居住用途と商業用途の値付けの差が影響しており、土地の属性が直接土地利用に影響を及ぼしているわけではないという。ただし、新宿副都心に近いところでは、用途ごとの値付けの差では説明しきれないほど居住用途として利用されているケースがシステマティックに見受けられた。なぜそのようなことが生じてしまったのか。武藤論文は、残念ながらその点については言及していない。この手法をさらに発展させて、たとえば土地利用規制や資産税制などが土地利用の決定や用途ごとの値付けに与える影響についての分析できれば…と興味は尽きない。
 武藤論文は海外の学術雑誌に掲載された自身の論文を解説したものであるが、首都圏における値付け関数に新たな知見を加えており、学術的にも優れた論文である。

 分譲住宅や分譲マンションなど新築住宅の価格をどこに設定するかは供給側にとっては頭の痛いところであろう。ましてや昨今のように経済が冷え込んでいるときにはなおさらである。価格設定に失敗して売れ残ったりすれば企業にとっては大きな痛手だからである。物件によっては事前にアンケートなどを実施して需要者の留保価格を探ろうとすることもあろう。植杉大論文(「新築戸建住宅市場における需要者の留保価格の分布推定」)は、インターネット調査を通じて需要者から得た留保価格の情報にもとづきベイジアンの手法を用いて留保価格の分布を探ろうという斬新な試みである。
 植杉論文では、八王子に位置する大手不動産会社の新築戸建分譲住宅についてインターネットを通じた留保価格に関する調査を行なった。植杉論文の面白さは、回答のあった留保価格の情報から直接分布を求めたり、回答者の属性や物件の属性などを用いて得られた留保価格の推定値からその分布を求めたりするのではなく、近年急速に関心の高まりをみせているベイジアン推定の結果をもとにシミュレーションによって留保価格の推定値の予測分布を求めるということにある。
 シミュレーション結果によれば、不動産会社の設定した価格では需要者のうち約10%しか成約を望むことができず、期待収益率も非常に低くリスクも高いという、供給側からすればかなり厳しい結論が得られた。ここで留保価格とは、需要者が対象となる不動産に対して最高いくらまでなら支払う意思があるかを表す価格である。インターネットによる回答者は、東京都と神奈川県在住の年齢30歳以上の男女とあるが、彼らが八王子の物件に対してどれだけの情報をもちえたのであろうか。論文のなかでも指摘されているように、インターネットによる調査を通じてどこまで正確な留保価格に関する情報が得られたのか多少疑問が残る。論文にはアンケートに関する詳細についての記述はないが、正確な情報が聞き出せるようにアンケートの手法やアンケートの項目など、今後改善の余地はあるだろう。
 また、不動産市場は所得層や年齢層など、しばしば販売層をターゲットとした価格設定が行なわれているのも事実である。その意味では不動産市場は細分化されており、市場全体の留保価格の分布を知ることと細分化された市場における留保価格の分布を知ることでは意味が違う。もちろん、その識別が可能となるためには膨大はサンプルが必要になるだろう。
 植杉論文は今後の不動産市場分析にとって大きな可能性を秘めており、新たな試みとして新鮮である。さまざまな分野でインターネットによるマーケティング戦略が注目されるなかで、不動産の分野も例外ではないだろう。その最初の試みとして植杉論文はとても意義深いものである。

 日本は大地震や台風被害など自然災害の多い国であるが、防災のための資本整備は着実に進んでいるのも事実である。しかし、そうした防災事業が実際に自然災害による被害の軽減にどれだけ効果があるのか、その点についての客観的な分析は少ない。岩田和之論文(「防災事業の経済分析:都道府県別パネルデータを用いた費用便益比の推定」)は、防災事業の費用便益を実証的に分析し、防災資本の効率性について自治体間の比較を行なった意欲的な論文である。
 岩田論文における実証モデルは、県民所得で基準化された自然災害被害を被説明変数とし、防災資本とそれ以外の社会要因や自然要因を説明変数として回帰分析を行なったものである。ここで被害額とは自然災害によって失われた生命損失および機会損失の価値と1次経済被害としての物的損失額の合計であり、他方防災資本とは治水、治山、海岸など防災のためのストック額である。防災資本が自然災害による被害額に影響するだけではなく、自然災害が逆に防災資本の充実を促進させるという側面もあり、この防災資本の内生性を考慮して回帰分析を行なっている。
 実証結果によれば、防災資本の係数は1%水準で有意に負の値をとり、1%増えると県民所得に対する被害が1.6%減るという。さらに、この実証結果を用いて費用便益比率を求め地域間で比較を行なったところ、人口密度の高い都市部をかかえる都道府県で費用便益比率の値が小さいという結果が得られた。岩田論文でも言及されているように、都市部での社会資本が過小になっているという先行研究が多いなかで、ここでの結論は逆である。しかし、岩田論文における便益の定義は実証分析の対象となった1975年以降の自然被害の回避額(フローの概念)であって、先行研究でしばしばみられるように、公共投資等によって地価がどの程度資本化されるかといったストックの概念ではない。また、岩田論文では被害額として自然災害によるものに限られており、都市災害などは反映されにくく都市部の被害額が過小に計算されている可能性がある。したがって、先行研究との比較は難しい。
 被害額や防災資本の定義次第では回帰分析の結果に影響が出る可能性があり、定義の違いによる感度分析についても触れる必要があったのではないか。また、データの基本統計量によれば、阪神・淡路大震災などの大規模な災害が反映されてか、自然災害被害額の変動幅に大きな開きがみられ、それが回帰分析の結果にどの程度影響があったのか気になるところである。
岩田論文は、防災資本の経済効果を客観的に測定しようとする難しい問題を取り扱っているだけに、試行錯誤の連続であろうことは想像に難くない。岩田論文にさらなる検討が加えられ、防災事業の費用便益研究の発展に大きく貢献することを期待したい。(Y・N)
価格(税込) 750円 在庫

※購入申込数を半角英数字で入力してください。

購入申込数