タイトル | 季刊 住宅土地経済 2010年春季号 | ||||
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発行年月 | 平成22年04月 | 判型 | B5 | 頁数 | 40 |
目次 | 分類 | テーマ | 著者 | |
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巻頭言 | バブルとその後の時代を振り返る | 小峰隆夫 | ||
特別論文 | 「サブプライム・金融危機」に学ぶ | 宮尾尊弘 | ||
研究論文 | マンション建替え問題の実験経済による検討 | 中川雅之・浅田義久・山崎福寿 | ||
研究論文 | マンション価格動向から推察する消費者のプレミアムに関する実証分析 | 野上雅浩 | ||
研究論文 | 災害リスクがJREITの取得価格に与える影響 | 市川智秀 | ||
海外論文紹介 | 自主参加型排出削減プログラム、環境管理と環境パフォーマンスの実証分析 | 杉野誠 | ||
内容確認 | バックナンバーPDF | |||
エディ トリアル ノート | 市場メカニズムをベースとする経済理論ではなかなか解決が困難とされてきた「市場の失敗」などの問題に対し、近年ますます重要視されているのがゲーム理論である。また、従来の経済理論に対しては大量のデータをもとに理論の検証を行なうことが一般的な方法となっているが、ゲーム理論の場合、その検証方法のひとつとして実験経済学が注目を集めている。中川雅之・浅田義久・山崎福寿論文(「マンション建替え問題の実験経済による検討」)もその流れのなかから生まれたもので、著者らは本誌70号においても地方公共財供給メカニズムに関する実験的手法を論じており、本稿は、その考え方をさらにマンション建替えという、わが国の住宅市場の喫緊の課題に果敢に取り組んだたいへん示唆に富む論文である。 現行のシステムでは、マンション建替えには区分所有者による5分の4 の賛成が必要とされ、大きなハードルとなっている。なぜなら、建替え価値がマンションの費用負担に及ばないとする住民が2割以上を占めている場合、この投票メカニズムによるマンション建替えは理論的には不可能だからである。そこで著者らは、たとえそのような状況であったとしてもマンション建替えが円滑に進むような、投票にはよらないメカニズムを模索している。そのひとつは募金メカニズムとよばれるもので、建替えが実現するかどうかは総申告支払意思額が総費用を上回るかどうかによって決まり、さらに建替えが実現したときの利得は住民の申告支払意思額に応じて決まるというものである。もうひとつは税金メカニズムとよばれるもので、利得という観点からすれば投票メカニズムと同じであるが、建替えが実現するかどうかは募金メカニズムと同様、総申告支払意思額が総費用を上回るかどうかにかかっている。したがって税金メカニズムは、投票メカニズムと募金メカニズムのあいだに位置づけられよう。 これらのメカニズムがそれぞれどのように機能するのかを検証するために、著者らはマンション建替えのモデルケースを設定したうえで、東京都23区内のマンション居住者から315人をランダムに抽出し、インターネットアンケートによる実験を行なっている。投票メカニズムではなかなか建替えが進まない状況であっても、募金メカニズムや税金メカニズムによってその道が切り拓かれる可能性があることが示された。これらの実験を通して、いかに住民からマンション建替えに対するインセンティブを引き出すことができるかが鍵になっていることがわかる。もちろん実験方法の妥当性や実験結果の信頼性、あるいはメカニズムの実行可能性などについてさらに検討を加える必要はあろうが、中川・浅田・山崎論文にはマンション建替えの制度設計に向けての重要なヒントが与えられており、大いに参考になる。 ? 住宅のヘドニック価格関数を推計する際に、建築構造、周辺環境、地理的要因などが住宅属性として用いられるが、こうした説明変数だけでは説明しきれない変動部分があるのも事実である。なかでもマンションについては、誰が建築施工にあたったかによって価格に影響が出るのではないかと俗にいわれている。野上雅浩論文(「マンション価格動向から推察する消費者のプレミアムに関する実証分析」)は、こうした漠然としたブランドイメージを客観的にデータから説明することができるかどうかを検証しており、たいへん興味深い。 野上論文で用いられたデータは、不動産経済研究所発行の首都圏マンション新築物件のうち、1995年1 月から2008年11月までに販売されたもので、各物件についてディベロッパーに関する情報も含まれている。まず、「メジャーセブン」とよばれる大手不動産会社8 社とそれ以外のディベロッパーを区別してダミー変数を用いて推定したところ、メジャーセブンにプレミアムが存在することが観察され、しかもそのプレミアムが2007年、2008年と高い水準を示した。折しもマンション業界では2005年に構造計算書偽装問題が発覚し、建築基準法の改正が行なわれたり、住宅瑕疵担保履行法の成立に向けて準備が進むなど、品質管理の向上に向けて法整備が行なわれた時期である。また、景気は依然として低迷していた時期でもある。 野上論文では、2007年から2008年にかけてのメジャーセブンのプレミアムの上昇は、倒産リスクの回避への期待の高まりによるものか、それとも品質管理の向上への期待によるものなのかについて比較検討を行なっている。実証結果によれば、この時期のプレミアムの上昇は、構造計算書偽装問題発覚後の法整備によって品質管理期待が高められたことによるものであり、買い手がブランドを品質管理のシグナルとして用いているのではないかと指摘している。 野上論文で得られた知見は興味深いものであるが、漠然としたブランドイメージというものをダミー変数という漠然とした説明変数で処理したという印象は否めず、メジャーセブンのプレミアムの本質が解明されたとは言い難い。メジャーセブンのマンションにプレミアムがあるとすれば、それはその他のディベロッパーによって建 設されたマンションよりも収益性の高いところに立地し、それがマンション価格に反映されている可能性も否定できない。言い換えれば、メジャーセブンのマンションにプレミアムがあるように見えるのは、高い収益性を反映しているだけなのかもしれない。メジャープレミアムを買い手あるいは売り手の合理的な選択から生まれた現象として捉え、それをモデルのなかで説明する試みも同時に必要であろう。 ? 一昨年のリーマンショック後わが国のJREIT 市場も大きな打撃を受けたとはいえ、都市再開発や都市のストック形成などJREITに期待する声は依然として大きい。市川智秀論文(「災害リスクがJREIT の取得価格に与える影響」)は、災害リスクがJREIT の取得価格にどう反映されているかを論じたものである。災害リスクの地価や住宅価格への影響についてはこれまでに本誌でもしばしば取り上げられてきた(例えば山鹿・中川・齊藤(No. 49)、齋藤(N0.58)、直井・瀬古・隅田(No.74)など)が、市川論文の主たる貢献はJREIT の取得価格への影響を分析対象とした点である。 JREIT はその情報のひとつとして地震PML という指標を提示しており、これは大地震発生にともなう各物件の損失の程度を示したものである。市川論文は、地震PML だけではなく、「地震ハザードステーションJ-SHIS」(昨年新たなシステムに取って代わった)として公開されているメッシュ情報のなかから30年以内に震度6 以上の地震が起きる確率、また東京都によって公表されている町丁目ごとの「建物倒壊危険度」や河川浸水情報など、複数の災害リスク情報の指標を用いて、災害リスクがJREIT の取得価格に及ぼす影響についてヘドニック価格関数を推定することによって分析している。 実証結果によれば、地震PMLやJ-SHIS 情報はそれほど大きな説明力をもたないが、「倒壊危険度」や河川浸水情報の一部はJREIT の取得価格に対して負の影響を確認することができたという。しかし、これらを結論づけるのは早計であろう。ヘドニック価格関数の説明変数に地域ダミーが入っていることを考慮すると、メッシュ情報であるJ-SHIS やそれを参考にして作成された地震PML と地域ダミー変数とのあいだには多重共線性が生じている可能性がある。他方、建物倒壊危険度や河川浸水情報については、各物件の周辺特性や地理的情報が直接反映されているので、地震PML やJ-SHIS に比べてよりミクロ的な情報である。これらの情報がJREIT の取得価格に対して負の方向に有意に働いているとすれば、それは妥当な結果といえる。 ただし、多重共線性の問題だけではなく、ヘドニック価格関数そのものが誘導型であるからといって、災害リスクの指標をすべて説明変数として同時に加えてしまったために、かえって論文の目的がわかりにくいものになった感がある。また、ヘドニック価格関数の推計結果を正しく解釈するためにも、事前に被説明変数および説明変数に関する叙述的な分析も欠かせない。こうした検討があってはじめて、災害リスクに関する理解がさらに深まるだろう。JREIT市場にとって災害リスクは重要な不動産投資情報となるだけに、この分野の研究がさらに進むことを期待したい。(Y・N) |
価格(税込) | 750円 | 在庫 | ○ |
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