季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2012年春季号
発行年月 平成24年04月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言自然災害への備え:東日本大震災の影響瀬古美喜
特別論文都市の成長戦略:大阪と東京八田達夫
論文マンション再生投資に関する実証分析中川雅之・齊藤誠
論文化学物質のリスクと市場の評価日引聡
論文居住地選択要因とアメニティ価値の測定小林庸平・行武憲史
海外論文紹介隣家樹木の日影が太陽光パネルに与える影響瀬谷創
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ノート
◇東日本大震災以降、首都圏における直下型地震のリスクが顕在化しており、より堅固な建物への建て替えは政策的にも強く求められている。しかしながら、都心での代表的な居住形態であるマンションの建て替えや修繕は、集団的な意思決定をともなうために、停滞している。
◇中川・齊藤論文(「マンション再生投資に関する実証分析」)は、区分所有建物(いわゆるマンション)の長期修繕計画に基づいた修繕積立金や管理費に注目して、どのような変数がこうした修繕計画に影響を及ぼすかについて内生性を考慮しながら実証的に研究した論文である。
◇手法としては、著者たちが直接実施したアンケートからのデータを使用しているが、国土交通省が別に実施したアンケート・データによる裏付けも取っており、データにバイアスがないことを確認したうえでの調査になっている。
区分所有建物の修繕積立金に影響を及ぼす変数として三つの変数が存在する。第一は、建物の総価値を最大にする社会的に最適な投資額である。第二は、個々の区分所有者たちが考える主体的合理性にもとづいた水準である。第三は、マンション管理会社が考える最適水準である。マンションの修繕投資額が過大であるか過小であるかをチェックするためには、最適な投資額からの乖離がどの程度であるかを突き止める必要があるが、そもそも最適な投資額を示すデータが存在しない。そのため第二の変数や第三の変数の代理変数を用いて、実際の修繕積立金や管理費がどのような変数から影響を受けるかについて回帰分析をしている。
◇ここで重要なのは、マンション管理業者と理事会、ないし区分所有者間でのプリンシパル・エージェント問題である。管理会社が区分所有者たちの正当なエージェントになっていないために、最適な投資額とのズレが発生するかもしれない。社会的に最適な投資額とマンション管理会社が考える金額は相当な開きがあるかもしれない。正当なエージェントであれば、区分所有者たちが最適と考える再生投資額が選択されるが、現状では正当なエージェントとはなっていないことが示唆されている。
◇理事会の利害調整機能や所得水準等の変数を用いて、興味深い結果が得られている。区分所有者たちが高齢化してくると時間的な視野が短くなり、そのために合理的主体としての個々人にとっての最適投資額は小さくなることが見出される。マンションの修繕や建て替えは集合的な意思決定を伴う問題であるために、そもそもこうした投資額は過小になる傾向があると考えられるが、修繕積立金の不足がそれを裏付けるような結果になっている。
区分所有建物についての理論研究や実証研究はまだ緒についたばかりである。こうした基礎的な研究が蓄積されることを願いたい。

◇企業は市場からさまざまな圧力を受けると考えられる。環境を汚染する可能性のある企業にとって、消費者が不買運動を起こしたり、株主たちが将来の損害賠償を考慮するために株式を売却したりすることを通じて、経営者に圧力をかけることが考えられる。こうした圧力を前提にすると、政府による規制や環境税が実施できない場合でも、企業は自主的行動によって、環境汚染を防止する行動に積極的に取り組むかもしれない。このような取組は自主的行動アプローチと呼ばれている。
◇日引論文(「化学物質のリスクと市場の評価」)では、トービンのq をデータとして用いて、自主的に企業が環境負荷を低減させるインセンティブをもつかどうかについて分析した従来の研究を批判して、代替的な手法を用いて、企業は株式市場からどのような圧力を受けるかについて分析している。
◇トービンのq は言うまでもなく、企業の市場価値を資本ストックで割ったものである。トービンのq が変化するときに、環境負荷等の大きな企業は、将来の損害賠償のリスクを避けるために、それを防ぐための装置や設備を拡充する。そのときにはトービンのqの分母である資本ストックは大きくなる。それと同時に、株主が損害賠償のリスクを評価すると株価が低下するので、分子も低下する可能性がある。この二つの効果がトービンのq の低下に表れている。
◇しかし、この両者を識別することは、q を用いた分析ではできない。その点を考慮して、日引論文では、企業価値を有形固定資産と無形固定資産に分割して分析を行なっている。それぞれの価値が、化学物質汚染(発がんリスク)によって、どのような影響を受けるかについて実証的に研究したものである。
◇化学物質による汚染のリスクは企業の情報開示によって得ることができる。情報開示が投資家にとって正確でわかりやすいものであるときに、その情報の有意性は高まる。もちろん正しい情報であっても、投資家がその情報を重要視していなければ、株式の需給は変化せず、株価は反応しない。したがって、問題は開示された情報によって、株価が反応し、企業の経営者に環境汚染削減の努力に対するインセンティブをもたらすかどうかである。
◇しかしながら、発がんリスクの情報は株式市場に影響を及ぼさず、株式市場からの圧力は必ずしも大きくないことが示されている。日本では有形固定資産を大きくする効果は働くが、株式市場からの圧力はそれほど大きくないことが回帰分析によって見出されている。
これはどのように考えるべきなのだろうか。環境に対する自主行動計画も含めて、株主からの圧力が働かないのにもかかわらず、経営者がこうした有形固定資産を増やして、環境汚染を減らそうとするのは、ある意味で奇妙なことである。この点を今後の研究では考える必要があるように思われる。
◇同様の視点から、環境汚染物質を排出する可能性のある営業所の周辺で、地価が低下しているかどうかについて検証している。これは周辺住民が環境リスクをどのように評価しているかについての分析である。住宅市場は発がんリスクを認知しているが、その評価額はきわめて低い値になっていることが報告されている。

◇人々が居住地を選択する際に、どのような要素を考慮するだろうか。有名な「足による投票」仮説は、人々が地域ごとに異なる水準の地方公共財や税率に直面したときに、どの地域を居住地として選択するかによって、居住者の選好が表明されるというものである。
◇地方税率が高い高負担を要求する自治体でも、高福祉によって老後の心配や病気の心配が解消されるのであれば望ましいと考える人々もいる。これに対して、自己責任原則を旨とする人々は、低負担、低福祉の自治体に居住しようと考えるかもしれない。こうした人々の選好の差異が、自治体の提供する税率と公共財(支出)の異なるパッケージを維持するためには、人々が比較的低いコストで自治体間の居住を変更することができなければならない。
◇小林・行武論文(「居住地選択要因とアメニティ価値の測定」)は、東京都の23区を対象にして条件付きロジットモデルを用いて、人々の居住地選択行動を分析している。その結果、地方公共財やアメニティの価値がどのように決まるかについて考察している。こうした分析は、いま述べた意味で、地方分権の可能性を探るうえで重要な研究である。
◇平成15年の住宅需要実態調査を用いて、特に持ち家居住者を対象に過去5年間に住み替えをした人たちのデータで、こうした分析を行なっている。説明変数のなかでも、図書館蔵書数、都市公園密度、犯罪発生率といった変数が居住地選択に有意な影響を及ぼすことが確認されている。
◇この推計の問題点は、サンプルセレクション・バイアスであろう。実際に居住地を変更したサンプルだけを用いているために、ある地域の公共財やアメニティについて敏感な人たちや転居費用の低い人だけが対象になっている可能性がある。実際に、他の居住地を選択せずに転居しなかった人たちはサンプルから除外されているために、アメニティや公共財の評価は過大に推計されるかもしれない。
◇実際に、表6 にあるように、一人当たりの図書館蔵書数は、3 万557円と非常に高い値を示している。図書館の本が1 冊増えることによって、人々の評価が3 万円以上増加するというのは考えにくい。いずれにしても、こうしたサンプル・セレクション・バイアスを解消する必要があるだろう。そのうえで、ないものねだりになるかもしれないが、東京23区ではなく、より小さな地域に限定したマイクロ・データによる分析が必要であろう。(F・Y)
価格(税込) 750円 在庫

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